ここは、【獣神】と呼ばれる獣の姿をした神様が管理する図書館。
数多の物語を、無限に増える本を集積する、創造主の夢幻の箱庭――それこそがこの【夢幻図書館】。
そして、この夢幻図書館におけるいわゆる「神様」は、全ての「枠」を創ったモノ――創造主、と呼ばれる存在だった。
創造主は物語を書き上げる――けれど、その「世界」を物理的に作り上げ、そして保持しているのは――獣神たち。
だから彼らは、この夢幻図書館の管理人――であり、全ての物語を管理する原初の神、でもある。
そしてそれは認知の是非を係わらず、全ての物語に共通する設定だった。
本の管理者――世界の全権を握る最上位の権力者である獣神たち――…ではあるけれど、
彼らは創造主が布いたとあるルールによって、持てる権能の全てを十全に揮えることは、
極々どころではない「0.」の次元の稀――奇跡にも等しいこと、になってしまっていた。
創造主が布いたルールとは、世界の上における権能の行使は必ず代行者を経由すること――というモノ。
これは、最大な力を持つ獣神たち――だからこそ、とてつもなく不便で不都合なルールだった。
だって、獣神に代わって力を揮える生き物なんて――獣神の力に耐えられる生き物なんて、ほぼ存在しないから。
――ただだからこそ、世界の存続にかかわるような神々の争い――的な問題が起きなかった、らしいけどね。
創造主によって創られた神――だからという理由でなく、個々其々の性格的理由もあって、獣神たちは世界に対して無関心だった。
でもまぁ、思い通りに力を揮えない――変えられるはずの世界を変えられないんだから、その不便さに嫌気がさして匙を投げたくなるのもわかる。
…システムが不自由で、思った通りのプレイができないゲーム――なんて、誰もやりたくないだろう。あまのじゃくなゲーマーは別として。
だけれど、創造主が仕組んだことやら、ただの世界の奇跡やら――
――獣神の力を受けることができる者、そしてその力を揮うことができる者は、極僅かではあるけれど世界に産み落とされた。
それはいわゆる神子という存在――だけれどその質というのはピンキリだった。
たった一度、力を行使しただけで命を落とす神子もいれば、天寿を全うするまでに何度も力を行使することができた神子もいて…
――そしてかくいう私が、なにを隠そう後者の最たる神子だ。
獣神が神子を選ぶ――契約を結ぶ理由は様々、だ。
ただ世界を管理するために、自分の思う通りに世界を動かすために――
ただ誰かを気に入ったから、うっかり惚れてしまったから――
――獣神が神子を選ぶ理由、そして契約の形もまた様々だった。
獣神という立場故に、獣神たちの多く――というかほぼ全員、とても気位が高い。
だから獣神が神子と契約を結ぶ場合、神と神官の関係となることが多い。
その他には「師弟」「親子」といった関係の上で契約を交わすこともあるけれど、それは数多ある「世界」の長い歴史を紐解いても稀なこと。
――…ではあるけれど、この夢幻図書館に存在することを許される神子という括りで言えば、それは当然だった。
獣神が管理する夢幻図書館に、神子として存在することを許される者――とは、獣神にその魂を奪われた者。
己が魂の全てを獣神に捧げ、その死後には獣神の神子――夢幻図書館の司書としてこの夢幻図書館に招かれ、
そして図書館の管理人である獣神の手足となって本の管理と修繕に従事することを運命付けられた神子。
ではなぜ、神子たちは獣神に魂を縛られることに、魂を捧げることになったのか――は、またこれ獣神と神子の関係と事情で色々。
だから「コレ」という理由とか条件はない――みんな、個性が違うからねぇ。
だけれど、あえて私たちの理由を語るのであれば――
…偶然だった、と形容するのが、結局一番しっくりくる気がする。
夢幻図書館の裏手――に広がるのは、美しく整えられた庭園。
その庭園は大きく四つに分かれていて、私が今足を運んでいるのは、新緑と咲き誇る花々に彩られたエリア――の最奥。
このエリアの最大の特徴である花の全てが咲き誇る華やかさ――は息をひそめ、
優しい緑に包まれたそこは、このエリアを管理している獣神――の、趣味を表しているようにも思える。
そう、西洋風東屋の前で静かに佇んでいる――麒麟の。
「――…ただいま」
「…ああ、おかえり――」
「ただいま」と言って、衝動に任せて麒麟に抱き着いた――その瞬間、
どうしたらいいかわからないくらいの安堵がどっと噴き出した。
私にとって、彼は傍にいて当たり前の存在――なのだけれど、
先の物語では20年近く、顔を合わせるどころか、その声を聞くことも、挙句の果てに気配を感じることさえもできなかった。
あの物語ではそもそも知り得なかった存在――けれど、本来なら居て当たり前の心の支えがいなかった――のだから、
その心の支えが満たされた安堵感――に、全身の力が抜けてしまうのは……まぁ仕方ないよねぇ…。
「…………大変……だったな…」
「ん゛〜……アイツらが敵に回るのは……まぁ…そこまで辛くなかったんだけど………。……うん…やっぱり…その…ねぇー……」
「……お前の命の重さを思い知った――か?」
「ぅ゛〜…その表現ヤダ、なぁー……」
少し、呆れたような様子で「命の重さ」うんぬんを言う麒麟に、思わず情けない声で唸る――と、小さなため息のあと、不意にフワと体が浮く。
そして麒麟の力によって浮いていた私の体は――ストンと、
純白の体に黄金の鬣がはえる馬の様であって馬ではない「麒麟」と呼ばれる幻獣の姿をとった獣神の背に収まった。
ぐたーっと麒麟の背に身を横たえたままでいれば、
麒麟は何も言わずにガゼボを通り過ぎ――柔らかな日差しが降り注ぐ小さな草原に身を下ろす。
暖かな日差しに、穏やかな空気、そしてなによりも彼という存在が間近にあるという事実――が、堪らなく幸せだった。
「……コレは、キツい…」
「…そうか――…俺も、辛かった――…
……何度…うっかりやらかすところだったかっ……」
「ぁー……それは…うん――ありがとう暁。…私のために、我慢してくれて」
黒いような、青いようなな表情をして、麒麟は――私と契約する獣神・麒麟ノ神は言う、
自身の【戦火の乙女と四天の騎士】の感想――危うくやらかすところだったと、物語を壊すところだった――と。
どの物語においても絶対的な力を持つ獣神――ではあるけれど、力を行使するには代行者の存在が必要不可欠。
その存在無くして力の行使は不可能――じゃなかったりする。厳密には。
…ただ、行使できる力のカタチがどうしようもなく単純――破壊のただ一点に限定されていて、
その上、規模の調整が一切利かない――気に入らない一点とその周囲をまるっと焦土と化す――
…というまぁ究極的な天罰しか使えないんだよねぇ……。
その物語の中で、麒麟ノ神と私は繋がっていないかった――獣神と神子という関係にはなかった。
…けれど、図書館の管理人である暁には、物語を閲覧する権限がある。
だから物語を閲覧する分には、物語の中にいる私を見守る分には――誰にも、止められも、咎められもしない――んだろう。
「まったく……こんな歯痒い思いはあの時以来だ…っ」
「ぁー…ぅー……こ、今回はちょっと……謝れない、かなー……」
「……分かってくれると思うが、俺はお前に対してどうこう思っているわけじゃない。
…かといって、今回のことは自分に怒りを向けても仕方がないんだが…な」
「………創造主の意地の悪さには参っちゃうよねぇー」
「…物語はシーソーゲーム――不幸あっての幸福だ」
「ぅわー、錬金術師的に否定できないヤツだぁー」
尤もすぎる神様の言葉に、思わず苦笑いしてしまう。
世界の理であったなら、私たちでもなんとかできるだろう。
でもそれが物語のお約束だというなら――それはもう、登場人物では覆すことの叶わないコトだった。
ただただ平和で、安寧が約束された世界の、何事もない誰かの人生――を、一体誰が素晴らしいと言うだろうか。
そして、平坦であるが故に何も感じる点のない人生に、
綴られる価値は、語られる価値は――ない。そう、この創造主の趣味、的に。
…ただ結局のところ、「同じ穴の狢」というヤツなのか――…私も、その考え方には同意する部分がある。
例えば今回の物語――私が主人公にとって、ただの村娘でしかなかったなら、
ただ運命に翻弄される彼女を見ているしかできない役割であったなら――
…間違いなく、今より気分が悪かった。今とは全く違う方向の自己嫌悪、で。
「あーあー……結局、私はどこまで行っても私――かぁ〜…」
「……なにか、不満か?」
「ん〜……不満、はないよ?…呆れ、はあるけど――ね?」
「……それは、あれか?俺に対する当てつけ――か?
至上の神でありながら、人間に忠誠を誓った獣神――への」
「……………もぉ〜…嬉しそうな顔して自虐言わないっ」
獣神でありながら人間に忠誠を誓ったーー
――その自身の愚行を、暁はまぁ嬉しそうというか満足そうな表情で言う。
暁自身は、私を選んだことを愚行と思っていない――のは、
素直に嬉しいけれど、暁の考えがどうあれ彼の判断は愚か…っていうかアホだ。
…別に、忠誠まで誓わなくてもよかったと思うんだよね。せめて対等、くらいで留めておけばよかったのに…。
……まぁ「だから」って獣神としての力が減退するとかなんとかってペナルティーがあるわけじゃないんだけど…さぁ…。
「はぁ〜も〜〜…暁はすぐ私を甘やかすぅー……」
「問題ないだろう?お前は私の神子――自分が好きではない俺の、な?」
「……それ、なんか違う。
暁は自分が嫌いなんじゃなくて、自分に自信がないだけでしょっ」
「…似たようなものだろう」
「ちっがうからっ。暁は卑下が過ぎるだけ!私のはもっとこう……質が悪いの!」
「……俺たちのせいで、か?」
「ぅーわっ、言っちゃったよこのヒト!」
精悍な顔に怜悧な笑みを湛え――ながらも、その目に滲むのは人間的な意地の悪い色。
忠誠うんぬんと語っておきながらコレはなんだ――とか思うけれど、なにせ相手が私なだけに、
宥めるにも、諫めるにも、なにをするにも一筋縄ではいかない――以上、搦め手も必要なわけで。
……って、よく考えたら毎度「搦め手」だよね?
搦め手がデフォルト――っていうか、私からかって愉しんでらっしゃるなウチの獣神様!
ま!神様なんだから当たり前なんだけどさー!
「あーも〜暁のことは好きだけどそーゆートコだけは肯定できないー」
「『嫌い』と言わないあたりが――お前の性質の悪さ、か?」
「…そうですぅー。みんなに肯定されて、つけあがるんですぅ〜…!」
「ふふっ…それを理解していながらやっている――俺たちの方が、ずっと性質が悪いと思うがな?」
愉しげに笑いながら、暁はまだ言う――私への肯定を。
自分を信用していないからこそ、自分が認めた相手には絶対の信をおく――それが、私という人間の在り方。
そして、そんな私に絶対の信頼を寄せてくれているのが――…私が誰より信頼する麒麟ノ神――なのだけれど、
…私の悪癖を知りながら、それを助長するのはどうなのか――てな話は尤もだけど、それは悪意がある場合の話、だ。
私を利用して事を起こそうというのなら、私を陥れようというのなら、確かにそれは性質が悪い――が、
暁たちの肯定は善意だから――…ん?余計に質悪いな。私の気持ち的に。
「暁ー」
「ん、なんだ?」
「…私のこと好き?」
「……」
突拍子はないけれど、酷く今更というか――問うまでもないことを、あえて問う。
自分たちの間にある「信頼」に不安があるわけじゃない――けれど、不安はある。とても、とても大きな不安が。
「――ああ、好きだとも。
お前は唯一無二の俺の神子――最初で最後の神子、だからな」
「…うん。私も、暁のことは大好き――だけどね、暁のソレがなにより心配なんだよっ。司書的にっ、物語の破綻的にー!」
「…心配はいらない。俺も毎界成長している――…今回は、なんとか耐えたしな…」
「それはそ――……………ぅん?今回は?……ん…?暁…?まさか??」
「………あの物語において、お前が見たモノが正史――…それ以外はifだから……セーフ、だろう」
「…暁、そのセリフ私の顔見て言って」
「……」
私から顔を背けたまま、暁は視線さえ私に向けない。
……一体、どれだけのことを――というかどれだけの数を、コイツはやらかしたんだろうか。
私の生死がかかってのこと――…であったと考えると、嬉しい気持ちもあるけれど………恐い、という気持ちもある。
…もしも自分が選択を間違えた時には――世界がBAN!とか。
「……もっと、色々成長するね…」
「…いや、あまり目立ちすぎると問題の火種に……」
「………」
…おい創造主、司書に物語をどうしろと!
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