何とも言いがたい微妙な朝食を終え、一旦自宅じしつに戻って装備を整える。
――と言っても、ご都合主義ばんのうなスマホ的携帯端末を持っていれば、大体のことはそれで済む。
だから使い慣れたウエストポーチに端末それを突っ込んで、
靴を履きならしたブーツに履き替えれば、出かける準備は――新たな仕事に向かう準備は完了だった。

 パパっと準備を整えて向かったのは――昨日も訪れたホールの受付。
幻想的に宙に浮いていたシャンデリア――は全て姿を消し、ホールを照らしているのは天井から差し込む朝日。
そんな穏やかな日差しを受け、キラキラと輝くのは真白な獣人のつややかな毛並み。
朝から働き者な白の獣人に「おはよう」と声をかければ、私に気づいた彼女は優しく目を細め「おはようございます」と返してくれた。

 

「まだ、ゆっくりしてらしてもよかったのですよ?」

「うーん…なんか落ち着かなくて」

「…前の『物語せかい』の感覚が抜けないようですね」

「あー…」

 

 つい先日まで・・・・、軍議だー、出陣だー、会戦だーと、休息なんてほとんどない戦争真っ最中な日々を送っていた「私」。
その感覚が抜けないせいか、のんびりと――というか、とにかくじっとしていられなくて。
早いとわかっていながらも、ちょうどいい時間までの間を持て余し、こうして「目的・・」を貰いに来たわけですが――

 

「…少し、お休みになった方がいいですね」

「えー」

「仕事熱心なのはよいことです――が、今のあなたは死に急いでいるだけ、です」

「……死なないのに?」

「ええ、ですから問題なのですよ。心が荒む一方――ということですからね」

 

 困ったような苦笑いを浮かべて言う白の獣人の指摘に、「ふむ」と頷いて少しばかり首をかしげる。

 正直、あの戦いの日々せかいの中で死を望んだためしはない。
寧ろ、死んで堪るか――と、他人の命を犠牲にしてまで生き延びてきた。
ただそれは、自分が生き長らえたいから――ではなく、親友であった主人公あのこの未来のため。
…でもそれは、魂に刻まれた無意識無自覚の使命に因るモノで。
生存本能よりずっとずっと上位のおもい――物語せかいを守る司書の使命によって、…ではあったけれど。

 戦いの中で生きることは、何度が経験している人生コト――ではあったけれど、
今回の「戦い」は「私」が感じたよりも、私の心には強い負荷をかけた――らしい。
…まぁ改めて思い返せば、いつも隣にいて支えてくれる「仲間たち」が敵に回っていた――だけじゃなく、
圧倒的戦力不足から人間性・・・を殺して「仕事」をした。
…私であれば絶対に選ばない、耐えられないほどの犠牲を生んでまで――勝利にこだわったしごとをした、からなぁ……。

 

「今は戦いから離れ、心の英気を養ってください」

「ぅえー…難しい注文だなぁ……」

「…では、それを『仕事』と頑張ってください」

「うわー」

 

 白の獣人に上手いことを言われて、逃げ道がなくなる。
これはしっかり頑張って英気を養わなくてはいけない――それが、「仕事」と言われては。
そして次の仕事を貰うためにも、この仕事を頑張って完遂しなくては――って、こんな思考回路でいいんだろうか?
間違ってはいないけれど、正しくもない気がする。

 随分と定着してしてしまっているらしい仕事脳に苦笑いしながら、
これからの行動よていをどうしたものかと白の彼女に話を振ろうとした――ら、彼女の顔が不意に私からズレる。
「ん?」と思って白の彼女が顔を向けた方へ視線を向ければ――そこには濃藍色に、錆鼠色に、オーカーと並んだ見慣れたトリオの姿。
またしても・・・・・、出会ってしまった会いたくない顔――に、私は片手で頭を押さえて無遠慮にため息をついた。

 

「…ぇえーっとぉー……」

「あー……」

 

 顔を合わせて早々ため息をついた私――だというのに、
オーカーと錆鼠色の男が返してきたのは怪訝、ではなく納得のリアクション。
おそらく、あの赤の男から私の状態について連絡があったんだろう。
…でなければ、何も説明していないというのに、この失礼極まりない私の反応に対して合点がいく・・・・・というのはどー考えてもおかしい。

 

「……三人揃ってご出勤?」

「ぁあ、うん…。見回り…だけど、ね?」

「…ふーん……じゃあ、すぐに終わるね」

「…………う、うん…」

 

 しばらく篭ってりゃいいのに――という本音が丸聞こえだったらしく、彼らの反応はすこぶる悪い。
が、それに対して私が罪悪感を覚えることはない。
しかしだからといって気が晴れるものでもなくて、モヤと胸に溜まった苦い空気を「はぁー…」っと吐き出してから、
表情も気持ちも切り替えずに「じゃ」と言って彼らの横を通り過ぎる――否かというところで、ガッと濃藍色の男の腕が私の首を捕えた。ぐえ!

 

「不快な思いをしたのはこちらも同じ――なんだが?」

「…っ……ぅっさいっ…!」

 

 ジタバタと暴れる私の抵抗なんのその、物理的な揺れどころか、
感情の揺れさえ見せずに平然と言う濃藍の男――に、少し頭が冷静になる。
そうしてじわと芽生えてくるのは罪悪感だった。

 私は目的のために敵を殺した――…でもかれらからすれば私の行動それは仲間を殺された、ということ。
仲間を殺した「敵」と顔を合わせて胸具合が悪いのは彼らも同じ――
…いや、「の方・・がやり方が汚かった分、覚える不快感は……彼らの方が、ずっと大きいかもしれない――…。

 

「…昨日帰ってきたばかりなんだから…大目に見てあげなよ……」

「…だからといって、一方的に当たられる謂れはない」

「それはご尤もだけど……今日ぐらいは、許してやれよな…」

「――ああ、今日のところはこれで・・・黙ってやる。だが――明日はこちらも・・・・当たらせてもらう」

「!」

「明日の午後一時――闘技場へ来い」

 

 そう言って濃藍の男は乱暴に私を解放すると、まるで何事もなかったかのように白の獣人に近づき、任務についての確認を始める。
…なんとも勝手――なように見えて、これは全て私のことを思ってくれての行動だ。
行き場のない憤りを、自分にぶつけて来い――という意図だろうから…。

 ああ眉間にシワがよる――けど、これは濃藍の彼へ対する怒りモノじゃない。
これはいつまで経っても未熟なままの自分に対する憤り――
――だけどそれを吹っ切ることをしないで、私は彼らの前を去る形で巨大な扉を開けて外へ出る。
…引き止める声やらなんやらが聞こえないということは、オーカーと錆鼠の彼も濃藍の彼の意図を理解しているから、だろう。
……ぅあああーっ!もぉー!情けないィー!!
 

 自分の未熟さに止め処ない憤りを覚えながら、私は職場であり自宅である巨大な図書館から出て行く。
このどうしようもない怒りは一体どこで発散すればいいのやら――
――そんなことを考える余裕さえなく、ただただ私はその場に居たくない一心で街へと降りるのだった。