「牡丹様の心配もわかる――けど、なんでこんなに急ぐの!」

「そりゃあー早く走りだせば、その分長く走れる――し、早く結果も上がるからなぁ?」

「……それに、十代後半は第一次青春期。
色々と起きやすい時期――ですし、ふふっ…周りがまたこれ……♪」

「「……」」

「ははーん……コレが目当てか」

「ええ、ええ、そうですとも。
この運命ときのために、芸術と栄華を司る鳳凰わたくしがわざわざ動いたのです――
――平和なくして恋愛ぜいたくはできませんからねぇ?」

「…っつーより、だろ?」

「……ええまぁ…なによりはソレ、なのですけれど………あの堅物にそんな・・・趣味があったとは……。
…いえ、大助かりなのですけれどね?」

「いや、堅物とかなんとか関係ねーだろ。総じて女は好きなモンだろ――他人の惚れた腫れたは」

「……いえ、他人の、なんて無興味ですよ?興味があるのは『推しの』です」

「「推しの」」

 

 声を揃えて日向の答えをもう一度言うのは、寝間着ゆかたを着た義兄――と、その背後に寝そべっている金色こんじきのオスライオン。
金色のライオン――は、日向と同じ獣神モノ
そして彼に寄りかかっている義兄とは、日向にとっての私たち――金獅子ノ神の神子、だ。
 

 いもうとが「大鳳」の名を受けたと聞きつけ、詠地本家に乗り込んできたのは――義兄・獅ヶ原澪一。
お祖母様と日向に「どういうこっちゃ!」と吠える義兄――を、今私の膝の上でくつろいでいる淡い金色のメスライオンかのじょ突進ぶつりで鎮めてもらい、
そのあとは予定通りに獣神を祀る最大の社にして、みおりが姫巫女トップを務める華戸神社へと移動した。
そしてその後は、華戸神社の現在の主神あるじである鳳凰ノ神の要望に応える形で、
片翼みおりと共に奉納舞かぐらを舞い――一応、鳳凰ノ神ひなたを満足させるに至った。

 日向曰く、しばらくはれいりに害が及ぶことはない――という。
けれどそれはあくまで「しばらくは」であって、永続的な安全の保障じゃない。
じゃあどうしたモンかと、兄妹弟きょうだい三人揃って話し合いをすることになった――のだけれど、
飲酒を許したせいだかまぁまぁ早い段階で義兄の難題ぐちが会話の大部分を占め、
舞の奉納による疲労で既におねむのみおりは私の膝を枕にして意識ログアウト…。
そこに日向――に、金獅子ノ神ゆえとそのこがみであるノイ姐さんが加わって――…もうこれはただの晩酌状態タイム、だった。

 

「………そーいや……よくアイツが騒ぎ出さない…な?
……俺と一緒で海外に飛ばされてるのか??」

「ああそれは――…朱乃がお茶目を発動したようで…」

「「……」」

「くははっ、そりゃあ面白いことになりそうだなァ?」

「面白くないよ…面白くないよ夕映…。明那があのテンションで本家に乗り込んできたら………。
……お祖母様がいてくれればいいけど……もう明日にはいないと思うんだよねぇー……
…それだけのモノだった、ってことは個人的には嬉しいんだけど……」

 

 日向の要望に応える為、みおりと共に奉納した舞――は、お祖母様も見ていた。
日本舞踊は詠地流の家元――私たちにとっての日舞の大師匠であるお祖母様も。
そして奉納の儀式が終わると、お祖母様は早々に本家へ帰ってしまった――すごく、ニヤニヤとした表情で。

 あれはおそらくお祖母様の中で創作意欲が湧き上がった時の顔――
――で、沸き上がった創作意欲を発散するためにお祖母様がすることは――旅。
…だから、私たちの舞を見て創作意欲を掻き立てられたお祖母様は、おそらく明日の朝には何処かへと旅立っているだろう――
…うん、そうなる要因・・になることができたのは、すごく舞人こじん的に嬉しい――
――けれど、お祖母様が今、本家からいなくなってしまうのは困る。
というか、本家にお祖父様しかいない――という状態が、とても私には都合が悪い。

 

「ぅむむ……これはコッチから説明に行った方が……」

「待って、待て、待て!なんで?!なんでアイツだけ特別待遇!?」

「…暴走したら誰よりも厄介、でしょ……って、まさか……それも、織り込み済み――とか??」

「ふふっ…朱雀あけのなら、ありえるだろうねぇー……なにせ彼女は参謀さっか、だからねぇー」

「ぅーわーぁ〜あ〜〜〜」

「ふふふふふふ〜〜〜私に八つ当たりは止めておくれ〜〜」

 

 まさかと思って口にすれば、それをノイ姐さんが呑気に嫌な要素を含めて肯定する――から、
それによって湧いた不愉快さというか不満を、艶々でフカフカのノイ姐さんの毛並みあたまを撫でまわすことで発散する。
衝動に任せて撫でまわすやつあたりする私にノイ姐さんは「やめて」と言う――けれど、その声はわかりやすく嬉しそう。
そしてふと目を後方へ向ければ、ノイ姐さんの尻尾は――ゆらゆらと柔らかく揺れていた。

 ゴロゴロするライオンノイねえさんの姿が可愛くて、思わず色んな事を忘れてその柔らかな毛並みに指を滑らせ、
その滑らかさを堪能――しまくった末にふと、我に返る。暢気に戯れている場合じゃない。
不安要素の原因はわかった――けれど、その原因の厄介さが明らかになった以上、それ相応の対応をしないとマズイ。
アイツの本気は本気でヤバいのだ――…なにせ鳳凰ノ神ひなたの妹分とも言える朱雀ノ神あけのの神子、でもあるんだから……!

 

「まァ、孕むまでヤり続けるかんきんする――くらいやるだろーな。明那のヤツなら」

「ぅわ…ぁぁー………なにそのバッドエンド……」

「カカっ、バッドエンド――とはよく言ったな?実際そーなったところで、屁でもねぇだろーに」

「…………それは…まぁ……」

「…」

 

 気の触れた独占欲によって既成事実が成立するこをはらむまで犯され続けるかんきんされる――なんて、トンでもない物語ハナシ
狂愛を描く物語ドラマのシナリオ――であったなら、正直ベターと言っても過言ではないくらいの凡庸な話だけれど、
もしこれがノンフィクションとなれば――…それはもうセンセーショナルだろう。
そんな荒唐無稽なコトが、現代社会に起きていた――なんて。

 ただそれは、あくまで一般常識の上に生きる一般人だいさんしゃたちの感想――であって、当事者たちが彼らと同じ感想を抱くとは限らない。
ディストピアで飼い殺される住人たちが、不幸であって「不幸」ではないように――
…私も、そんなことになったところで「ソレ」を不幸と嘆きはしないだろう。

 …変な話、その可能性を理解していた上で何もしなかった自分が悪い――
なんの対策も取らなかった自分の怠慢が引き起こした自業自得――と思えば、
加害者でさえ被害者、だ。――ただまぁ、アイツのことだから「棚ぼた」とかぬかしそうだけど…。

 

「それはいけない。それはいけないよ澪理。
それは鳳凰一派が許したとて、私が――以上に秩序派が許さないともっ」

「…ぇぇと…それ、は……」

「ふむ、端的に言えば――獣神かみがみの戦いが勃発する、ね」

「……」

「おいおい、しょーがねぇだろ?嫁と息子が『止めろ』っつーんだから、なァ?」

「………」

「…一万歩譲って、幸とかそーすけとか、果ては海慈まで許す――
――が、アイツだけは…アイツだけはお兄ちゃん絶対に認めません…!」

「(なにがあったんだ…)」

 

 ハンカチでも噛んでいるかのような雰囲気で言葉を絞り出す義兄に、
思わず好奇心ぎもんを抱いてしまった――が、それはゴクンと呑み込み引っ込める。
…おそらくこれは薮蛇だ。
つついたらほぼ間違いなく変な話になる――と、わかっていながらつつけるほど、この薮に潜む蛇は可愛くない。
軽い気持ちでつついて、大蛇に丸のみにされていたのでは――…「おしまい」だ。

 義兄と友人の確執は気になるものの、「まぁいいや」と置いといて――ふと、視線を下に向ける。
そしてそこにあるのは満足げなノイ姐さんライオンの顔――と、こちらも満足そうなみおりの顔。
…これは、完全に熟睡げきちんしてるなぁ……。

 

「――お開きにするか」

 

 苦笑いして言う義兄の提案に頷く――と、おもむろに義兄はたちあがり、こちらに近づくと、迷いなくみおりを抱き上げる。
そして未だに私の膝の上を陣取るノイ姐さんに「姐さーん」と声をかける。
するとノイ姐さんは「せっかちな息子だねぇ」と言ってゆっくりと起き上がると、
軽く私に自分の頭を押し当てながら「おやすみ」と言って――淡い一人と共に姿を消した。

 軽くなった膝の上に、ふと視線を義兄が座っていた場所に向ける――と、すでにそこには誰もいない。
主神しゅひんと一緒に明かりも失った宴席をぼーっと見つめていると、上から「ほれ」と声がかかる。
反射で顔を向ければそこには未だ苦笑いの義兄の顔。
瞬間、なにか腑に落ちないものがあったけれど、それはポイと投げ捨て、大人しく「うん」と返して立ち上がり――義兄の後を追った。
 

 部屋を出た先――は、月明かりだけが照らす廊下。
華戸神社はいわゆる寝殿造り――古の時代の贅沢おもむきによって造られたため、
良く言えば風情がある――が、悪く言えば前時代的ふべん、な構造をしている。
 今宵は半月――であることに加えて、秋という季節も手伝って、
そして更に言及すると、そもそもあまり明るくない部屋にいたこともあって、
この程度の暗さは苦にならない――けれど、暗いものは暗いわけで。

 

「…兄さん」

「んー?」

「……私が、華戸に入った方が…いい、のかな…」

 

 廊下の暗さに不安を煽られた――わけではないけれど、
いつからか胸に湧いていた疑問のような不安を口にする。
 

 みおりでは・・心配だ――というのではなく、みおり心配だ、という意味で、
このままみおりに華戸のことを――華戸神社における神職の姫巫女トップの役割を任せておいていいものなのか――…。

 今日の奉納舞きとうは特に気合が入っていた――とはいえ、
自分は平然と起きていられるのに、みおりは早い段階で体力でんちが切れて電源OFF状態…。
そもそも体力がないにしても、今日以前の仕事が祟ったにしても――…このまま、任せていてもいいんだろうか。
目的も目標も定めわからず、闇雲に現世を走り回るくらいなら――

 

「それは、みおりが本気でぶっ倒れた時――の、最終手段にしときなさい」

「………最終…?」

「…ここでお前が出張って、華戸の実権握ったら――…間違いなく、みおりの自己嫌悪が加速する」

「!」

「それでどうこうなるようなタマじゃないが――…病は気からって言うしなー……」

「……」

 

 義兄の言わんとすることに、なんとなし察しがついて――…わずかに、頭痛を覚える。
…でも、みおりをどうこう――というつもりはない。
だってソレは私だって持っている性質かんかくだから――
気遣われる、ということに対して猛烈に自己嫌悪を覚える、という性格かんかくは。

 家族――それも双子の姉弟という特別な関係なのだから、遠慮なんてせずに頼って欲しい――…とは思うけれど、
もしこの立ち位置が逆だったなら――と仮定すると、確かにその気遣いきもちは嬉しいけれど、どうにも許容し難い。
双子だからこそ対等でありたい――一方的に寄りかかる存在でありたくない、
自分が相手にとって大切な姉弟そんざいであるように、自分にとっても大切な存在だから――…。

 

「はぁ……私…能天気に生きすぎでしょ…」

「……まぁそれは――…俺たちが望んだこと、だから…なぁ?」

「………………は?」

「……現世の面倒にまとわらず、自由に生きて欲しい――つって…男兄弟二人でわちょわちょと……」

「…はァ?」

「い゛でぃ!いでででで…!!」

 

 聞き捨てならない事実セリフに思わず手が出て――義兄の脇腹を思いきりぎゅうう…!と捩じり抓る。
無防備な脇腹そこに奔った激痛に、義兄は間抜けな声を上げて――…ふと、こっちが冷静になる。
バカげたことを目論んだ兄弟たちも大概だけれど、それに気づかなかった――
――というより、現状に疑問を持つことをしなかった自分の間抜けさの方がよっぽどだ、と。

 詠地のNo.2おじいさま、そしてそれに随伴する有力者しんるいたちに疎まれている――
…とはいえ、私はみおりと共に詠地家の氏守神に仕える神子。
そしてその立場は詠地家に限らず・・・・・・・強い意味を持つ――
…まぁ、だからこその「触らぬ神に祟りなし」的なことだと思っていたんだけど……。

 

「…………………」

「…そーゆー反応は、想定してたが――…それでも、俺たちがイヤだったんだよ。
………ただ、その結果がこの顛末だったワケですがァー…」

「そっ、そこを責めるつもりはないよっ……それは…私のアホが露呈した…結果、だし……」

「…アホ――……ねぇ?…素直に真っ直ぐ育ってくれただけ――なんですけどねぇー…」

「……それじゃ、お祖母様――にも、日向にとっても物足りないんでしょ――…ま、尤もとは思うけど…」

「…」

 

 お祖母様と日向が私に望むことは健やかな成長――…いや、極端なことを言ったら成長、だけだ。
如何ほどの苦悩、困難があろうとも、それを乗り越えた先に花開くモノを見たい――だけ。
なんともまぁ自分勝手な話――だけれど、残念ながら二人の気持ちというのか、欲求的なモノは理解できた。

 目をかけ、手をかけたモノが美しく花開く――時こそ、それに携わったものの喜び。
その時のためにあれやこれやと手を打ってきた――というのであれば、お祖母様たちが業を煮やして実力行使に出るのも仕方ない。
…それくらい、私という人間はのほほんと生きすぎた――…これじゃ、私の方がよっぽど浮世離れ、じゃないか…。
 

 「はぁ…」とため息をつき――ながら、ある部屋の障子戸を開くと、
障子戸で分け隔たれた部屋には、布団が3つ川の字に並んでいる。
そしてその部屋に迷いなく入っていった義兄は、一番の奥の布団にみおりを寝かせて――自分は一番手前の布団に腰を下ろす。
なので毎度のことながらひつぜんてきに私は真ん中――二人の間に収まる格好になる。
…コレは、ただの生まれねんれい順なんだろうと思っていた――けど……。

 

「……兄弟・・揃って、人生無駄にしてない…?」

「さて、ねぇ――それが決まるのは死後、だろうし――決めるのは俺たち、だからなぁ〜」

「………」

「はいはい、お兄ちゃん睨んでも誰の人生も変わりませんよー。建設的にさっさと寝た寝た〜」

「……………」

 

 からかうような調子で言いながら、
まるで子供をあやすみたいに人の頭を撫でながら、義兄は就寝を促す。

 …腹立たしくとも、義兄の言っていることは全てがご尤も。
反論の余地――は、屁理屈という名の駄々しかなく、それをまき散らすには少々私は歳を重ねすぎている。
10歳以上年の離れた義兄おとなが相手とはいえ――
…これ以上の醜態は、弟妹ふたごの姉の方としてさらすわけにはいかなかった。

 

「………おやすみ」

「ん――おやすみ」