自分の欲に従って、自分の思うまま、自分が納得したことをやる――
――そしてその上に生じた負債や後悔は、それを防ぐことが、見越すことができなかった不甲斐ない自分の責任。
どこまでも独善的――自己完結した俺の在り方は、そもそも他人と協調する必要すらない――と言っても、そこまで言い過ぎじゃないだろう。
今までは、澪理っつー問答無用の融和材があったから、有象無象に合わせる面倒も呑み込めたが、
澪理がいない今――俺が俺として生きる今、人間の道理に合わせるなんぞ――ちょーめんどくさいんですけどぉー。
「ふふ――面倒くさい息子だね」
「…プライドで生きてる男は面倒くさいモンなんですぅー」
「ああ知っているさ。どこぞの夫もそうだったからね」
楽しげ、というのか、懐かし気というのか――…そんな笑みを浮かべ言うのはノイ姐さん。
正直、俺とどこぞの夫様が同じ――というか夕映にんな細かい一面があること自体眉唾モノだ。
なーにせ、俺様ルールが公式ルールで、卑怯も正道とか言って認める傲慢の権化だけに。
「……んで?このタイミングで出てきたってことは、ご助力願えるわーけ?」
「ああ。男のプライドは理解しないけれど――未然に防ぐ、という方針には賛成だよ」
にこと悠然とした笑みを見せ、ノイ姐さんは「賛成」を口にする。
動機は理解しないけれど目的は同じ――というのが、正直引っ掛かる。
ノイ姐さんの協力を得られたのはありがたい――が、その同意に主神が同調しているのかが激しく怪しい。
夕映にとっちゃ、愉しみが一つ減る――だろうことを目論んでるワケなので。
賢い賢いノイ姐さんのこと、俺の臆病な懸念には当然気づいているだろう。
…だろうけれども、それをわざわざ汲んでくれるほど、姐さんは甲斐甲斐しくない。てか甘くない。
だからきっちり訊く。夕映の許可の上でしょうね――と。
「獅子は我が子を谷に落とす――夕映はそう言ったけれど、それは金獅子の道理であって、白獅子の道理じゃあない。
未来ある我が子を谷に落とすなんてもってのほか――落とした夫に獅子パンチ見舞って、我が子を助けるのが私の道理さ」
「姐さん……………………――…それ、夕映に対する反逆じゃ…?」
主神の道理なんぞ知った事かと撥ね付けて、自分の道理が最優先と言い切ったノイ姐さん。
しかしそれは獣神に仕える子神にとって許されることじゃない。
主神ではなく自身を優先するなんてのは、絶対的な主従関係にある獣神と子神にとっては反逆にも等しい――
――のに、姐さんは相変わらず悠然とした様子で「まさか」と言う。そんな気があったらとうにそうしている――とも。
「反逆――夕映と離別したければ既にそうしているよ。
縛り付けられて抵抗しない私ではないし、夕映の側室たちは既に皆私の愛人――そして、雄自体に魅力などないのだし!」
「………」
「だが個の自由を認められ、役割を負わず楽隠居できるというこの子神の立場――あの子に望まれでもしない限り、手放さないさ」
「……」
「ああそれか、あの子が金獅子の神子になって――お前が、私の神子になると言うのならね」
不敵な笑みを浮かべ言うノイ姐さん――に、鈍い頭痛を覚える。
…てか、ノイ姐さんに対して頭が痛いんじゃあない。
俺の頭が痛い原因――理解が及ばないのは独自ルールが過ぎる夕映の思考だ。
「……なに、夕映ってばそんなに愛妻家なの…?」
「ははは、夕映が愛妻家などとは気味が悪すぎて全身の毛が逆立ってしまうが――広義はそうなのだろうね。
恐ろしいほどの自分勝手な献身だが、それを堪えるだけの見返りがあるから続けているのさ――あの阿呆の子神を、ね」
笑って言うノイ姐さん――の顔には、嫌悪や憤り、そして不満すらも浮かんでいない。
気味が悪いだの、自分勝手だの、そして「我慢している」とか言いながら。
身勝手な考えだろうと、傲慢な考えだろうと、夕映にはそれを布く権限があって――従わせる権力がある。
そしてその影響力は自身の眷属により強く及ぶ――…わけだけれども、それが「例外」にされているのがノイ姐さん。
役割を負う必要がない――金獅子の権威の上での楽隠居はそりゃ魅力的だろう。
それはそう――だろうけれども、楽隠居が夕映の不快な思惑の上にあるのなら、
そこは「気色悪いわッ!」と突っぱねるのがノイ姐さん――だと思うのだ。…付き合いの短い息子的には。
「……大事な旦那蔑ろにしてまで、俺にかまうの?」
「ああ、構うとも。私が夕映の妻だというのなら、私はお前の母でもある――
――そして母は妻よりも強く、夫よりも強いのさ♪」
「ぇえー………」
金獅子ノ神のパワーバランスを、根底からひっくり返す――ようなことを、姐さんは笑顔で言う。
なんです?百獣の王の冠はお飾りだとでもおっしゃるんです??
「ふふ、本当に真面目な息子だね。私がいいと言っているんだから素直に甘えればいいだろうに」
「………いー歳こいておかーさんに甘えるとか、おにーちゃんとして妹に示しつかんでしょーよぉー」
「いい歳、ねぇ?実年齢3歳の、精神実年齢8歳――が、ねぇ?」
「やめて!!俺の根底を否定する事実をぅっ!!」
「ふふっ、そうなると私は十にも満たない幼児に手を出してしまった――ということになるのかなぁ?」
「だァー!もぉ〜〜!!ねーえーさーんーー!!!」
からかわれている――とはわかっているが、俺がなにより気にしていることをクリティカルに突っつかれちゃあさすがに平静じゃいられない。
否定はできるが、嘘どころか間違いも誇張もない事実であることもまた確か――なだけに、子供な俺が大人な俺に掴みかかって俺の脳内は大乱闘。
いくら大人な俺が「まぁまぁ」と脳内を落ち着けようとしたところで――
「とはいえ、ライオン換算で言えば、成体なのだけれどね――3歳は」
「それだとっ、俺あと20年そこらで死んじゃうんですけど?!しかも寿命でー!」
「いいじゃないか、それはそれで――それともなんだい?兄なのに、妹を看取りたいのかい?」
「っ……それ、は……」
「そもそも、お前という存在からすれば20年――なんて、破格の寿命じゃないか」
不敵に、だけれど悠然と、ノイ姐さんは俺の痛いところを抉る。
わかっている。確かに俺という存在にとって20年という時間は破格――どころか、奇跡的な寿命だ。
なにせ本来なら、もう俺はこの世界に存在していないはずだったんだから。
寂しさや苦しさ、そして不快感と恐怖に苛まれ、心をすり減らしていく澪理――の心に生じた別人格。
澪理を守るため――というよりは、澪理が消えてしまわないように、澪理を守り、慰め、励ます――そういう使命を俺は帯びていた。
だが現実に澪理を支える「誰か」が現れて、それによって澪理の心が立ち直ったなら、その時点で俺は役割を終えている。
世界に手を差し伸べてくれる誰かがいなかった――から、澪理は俺に助けを求めただけ、だから。
傀儡として育てられ、扱われた澪理――だが今は源津兄妹やエリィたちもいて、見守ってくれる先達だっている。
だからもう俺には役割も、存在する理由もない。そしてそれを「俺」は当然と受け入れていた――…いや寧ろ消えることを望んでいた。
それが、澪理の幸福な人生につながると――理解っていたから。――…ただ、今は違うワケだが。
「ははーそうですか、夕映の技術力じゃあ20年が限界かァ〜」
「…………頑張ったんだよ?」
「………ぇ、……マジなの?」
事実に嫌味を返す――と、
それにノイ姐さんは憐れみを含んだ何とも言えない笑みを浮かべて「頑張った」と言う。
嫌味――冗談に等しいことを言ったつもりだっただけに、まさか肯定を返されるとは思ってなくて。
さっきまでの不満も吹っ飛んで「マジで?」と聞き返せば、ノイ姐さんはそのなんともな苦笑いのままで「ほら」と切り出した。
「そもそも金獅子は破壊神だからねぇ。争いしか産んだことがない――…というか生産する術にとことん疎くてね」
「…………くしゃみした拍子に全身爆散――…とかないよね……」
「ふふ、バケモノ相手にインファイトキめるヤンチャ息子がなにを言っているんだろうねぇ〜」
「んなの『知らぬが仏』ですぅー。知ってたらもうちびっと大人しくしますぅー」
「どーだかねぇ〜。いざという時こそ、お前は自分を顧みる子じゃないからねぇ」
「……」
「ま、そんな神子だから気に入ったのだけどね」
「…………………ぇ、まっ、ちょ………アレっ、まさか…?!」
「主ができないことをフォローするのが子神の仕事――ま、頼まれた覚えはないけれどね」
何でもないといった風で、ノイ姐さんは肯定のようなセリフを口にする。
やっと理屈の通ったあの日の夜――に、心のどこかで膿み続けていたノイ姐さんに対する苦手意識のようなものがようやっと解ける。
そして、その代わりに生まれたものは、照れを含んだ感謝――が大部分を占めるはずなんだけれども、脳裏をよぎった違う獅子に冷たいものが奔った。
「…………――…姐さんのお気持ち嬉しいけど………夕映の嫉妬買わんでしょうね…」
「ははは、仮にお前の想像が当たっていたとして――も、それをお前が気にする道理はないさ」
「…は?道理??」
「ああ、我が子に嫉妬する父親になぞ、かける情けもなければ割く心もない――だから放っておきなさい。はいこれお母さん命令」
「ぇ…えぇー……」
謎の権限の上、話を打ち切ったノイ姐さんに、一応程度に「えー」と口にするが、当然のように姐さんは聞き入れてくれない。
母親とはこうも自分勝手なものなのだろうか――
…いや、確かに澪理の母親も自分勝手……って、よく考えたら彩芽ちゃんの方がノイ姐さんよりエッジ切ってる気がする…。
どっちも誰かに向ける愛情は本物――
…だけども、その方向性とか規模とかが常識とズレてるから、それを向けられた子供は「ぎゃあ」ってなるんだけど。
「……はぁ…。…おかーさんには敵わんね」
「ふふ、母親とはそーゆーものさ――それで?息子から母親に願うことは?」
楽しげに、姐さんは俺に願いを促す。
未だ心には煮え切らない部分はある――が、俺にはそこを優先する必要どころか、理由さえもなかった。
…俺とは全く別の方向で、心配事が一つ増えた――が、とりあえず今は目を瞑る。
その心配は、今の俺の手には負えない問題――だからこそ、今は目の前の問題を崩す。
そうして切り開くなり、積み上げるなりした階段を上がり、一歩ずつでも進歩しなければ――
「あの魔孔塞ぐ力――と、術貸してください」
――いつまでたっても親離れできないままだ。
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