海慈が俺を遠い遠いアフリカーなんて土地に呼んだのは、
心に傷を負い、ライオンに保護された双子の少年を回収するため――
――だけれども、海慈自身の「目的」は、この双子の一件となんら関係なかった。
ぽこぽこと、世界のいたるところに開いている孔――魔孔。
それは魔物とか、妖精とか、精霊とか幻獣とかなんとかかんとか――
――とにかく、ファンタジー世界のモンスターが当たり前に暮らす【魔法世界】から、力尽くで地上世界に捩じ開けられた出入り口。
開いた当初は、誰でもご利用可能のようなツーツー玄関口――だったが、天界と魔界の戦いが決着すると同時に規制が布かれ、
人代が始まって以来ずっと在って無いも同じ――ではさすがになかったけれども、超長期的な目で見れば大体無害な孔だった――80年前までは。
すっかり相棒になったバギーをブロロと飛ばしてやってきたのはヴィクトリア湖――因みに国としてはタンザニア。
何度も何度も面倒くさくなって強行軍を決行しようとした――が、なんとか堪えて公式に、正式に俺はいくつかの国境を越え、ここへやってきていた。
我ながら驚異的な進歩だわー。昔なら秒で「めんどくさっ」でルール無視だったからねぇ――…ま、昔が忍耐力無さ過ぎなだけなんだけど!
海慈に引っ付いて世界行脚する予定――は、実はまぁかなり早い段階で破綻していた。
そもそもは、ヴィクトリア湖に開いている魔孔を監視するためにアフリカまでやってきた海慈――だったが、
世界的北の国の魔孔――てか魔物の動向に不審なものがあるとかで、
急遽ロシアへ向かうよう、現在の海慈の雇い主である【国際超災対策組織】から指示が入っちゃって。
そもそもアフリカに来たのもIODMOからの指示だった――し、なにより「俺がいる」っつって、
海慈は俺に元持ち場を任せて、さっぶいさっぶい北の国へ行くことになってしまったワケだった。
別段、めんどーそーな仕事を押し付けられたことが不満なわけでも、結局ぼっちでアフリカに投げ出されたことが不服なわけでもない。
ただチビっとばかり不得手な地形をまかされたことがめんどーってだけ。
…まぁ、世界的北国――既に雪降ってるかもな地域で戦うこと考えたらずっとマシなんだけどー。
今回俺が任された――本来は海慈が対処するはずだった魔孔は、アフリカ大陸で一番デカい湖・ヴィクトリア湖の底にある――そうな。
水上――どころか水中にある魔孔の対処となれば、そりゃあ海慈以上の適任者は――もう一人の神子の他はいない。
ただ、双子の妹に日本の北の国から腰を上げるつもりはない――から、やっぱり海慈が最良だ。
…属性的な部分だけ考えれば、【十二支】の潤神の神子であるエリィでもなんとかできるだろうが、
絶対的出力差故に無駄なご苦労を掛けるだろう――俺がやるよりも。
ヴィクトリア湖の縁に拓かれた街――の中に立つ建物の中でにょきと生えているのは街一番の高級ホテル。
上階の部屋の窓から見えるヴィクトリア湖とその周辺の風景はなによりも贅を尽くした自然の芸術――という謳い文句は表向き。
このホテルがイヤミったらしく高いのは、魔孔に関する有事に際し、監視塔としての役割を果たすため――
…元はそっちの方が「名目上」だったらしいが、今ではきちーんとその役割を果たしている。…ま、果たしてくれない方がいいんだけどネ!
IODMOから派遣された客将として、国家の退魔組織からあてがわれたホテルの部屋の窓から見えるのは、
夕日に照らされるヴィクトリア湖――ってゆーかもうこれ海だし。向こうにあるの、岸じゃあなく水平線なんですけど。
どデカい水たまり?ハーン?どこがぁー??ってのが、正直な感想だ。ちいちゃな島国育ちの感覚的だと。
データの上でいえば、ヴィクトリア湖はアイルランドと同等の大きさ――
――らしいが、急に「アイルランドと――」とか言われてもおそらくピンと来ないだろう。
では、北海道よりもちょい小さいくらい――もしくは九州1.8個分、と言えばわかるだろうか?
この、日本の北海道をヘッと鼻で笑う程度で凌駕する世界の広さを。
生物の規模で語るには、あまりにも大きすぎるヴィクトリア湖――は、湖の名を冠した海に等しい水上。
そんな場じゃあ百獣の王の肩書も無価値に等しい――なーにせ「百獣」の枠は陸上動物に限った枠だからねぇ〜。
浅い池or沼ならともかく、ふかーい湖では、百獣の王とてお風呂にドボンした子猫も同じ――まともに動いてたんじゃあ、現場に向かうだけでゼーハーだ。
かといって、文明の利器を利用して――というのはあまりよろしくない。
俺が船舶免許持ってて、かつ小船一隻お釈迦にしていい――なら、ぜひとも使うけど。
湖の底にある魔孔を通じ、地上世界に解き放たれるのは――おそらく水棲の魔物。
淡水生マーマンおよびマーメイド、あとはシーサーペントにケルピー、レモラ――と、改めて候補を上げてみればその種類は少ない。
ただ、実際にそれが地上に流れ込んでくるとなれば、その数は無数だろうけど。
魔法世界を生きる魔物にとって、天敵がいない上、獲物の全てが無防備に暮らす地上世界は独壇場のようなもの。
そりゃあ「魔孔開きますよー」となれば行くだろう――たとえ、故郷に戻ることができなくなってしまうとしても。
…ただ、魔物がみんなそうだとすると、既に魔法世界の魔物はぜーんぶ地上世界に移り住んで――
――魔法世界に魔物なんてほぼいない、てな状態になってるはずなんだけどネ。80年前に。
今でも、魔法世界の「生命」の大部分を占めるのは――魔物。
絶滅、根絶には程遠く、おはようからおやすみまで人の営みの影に潜み、時に人の幸せを、命を脅かす、問答無用の害悪――
――だが、一部では公式的に市民権というのを得ているというから文化的衝撃!
人間を脅かす生命を受け入れるとは――寛容というべきか、大雑把というべきか――…てか傲慢なのか、素直なのか……。
「でもまぁ、ハナシが通じる分、和解――いや、歩み寄る余地ってのはあんのか…?」
賢い魔物は、人間との争いを避ける。
そしてそれを、賢い人間は汲み取って――魔物との接触を避ける。
だが、魔孔から放たれた魔物たち――本能が行動に直結している魔物たちは、間違いなく人の営みに害をなすだろう。
何の悪意もなく、ただ当たり前に生活しているだけで。
人間に害をなさず――というか人間と距離を置いて生きていけるなら、
わざわざ住み慣れた故郷を捨ててまで、魔物たちが地上世界に移り住む理由なんぞない。
人間と共存ができない――から、魔物たちは「抵抗の術を持たない人間」が多く暮らす地上世界への進出を目論む――
――以上は、地上に魔物との共存、歩み寄りの余地はない。
人道的に考えれば、端から話し合いの場を持とうともしないっつーのは、横暴とも傲慢とも、そして野蛮だとも言えるだろう。
しかも、ものすごーく頑張れば意思疎通ができて、互いに気を付ければ棲み分けもできる種族だけに。
――とはいえ、んな理屈が通るのは魔法世界に限ったコトなんだが。
「魔法史」の教本曰く、魔物とは神代の残り香――人代に移り変わった地上世界に存在すべきではないモノ、だそうな。
人間に都合のいいように書かれた教科書を鵜呑みにしていいのか――っつー疑問は尤もだが、
地上は人間の領域だから「そういうこと」でいいんだろう。
…因みに、「この地球は人間だけのモノじゃ――」とか、揚げ足取りなご意見は受け付けませーん。
魔物を、自分たちに害を成すからと殺す――それは、人間が動物を害獣として問答無用で殺すことと何ら変わりない。
魔物は妖――かつて俺が敵対していたモノとは違う。
妖は人間の負の具現だが、魔物はそんな大層なものじゃなく――ただ、魔の影響を強く受けて誕生した種族、だ。
――ということは、人間の都合で魔物を処分する人間に、人間の都合で動物を処分する人間を非難する権利はない、つーことになる。
くっそ真面目に理屈を整理すると。
「(…俺が、人間の理屈の上で行動する道理――…なんてないんだけどねぇ〜……)」
この世界は人間のモノとして――も、この世界を管理しているのは人間じゃあない。
ましてどこぞの宗教で「神」と崇められる神仏――でもない。
真面目に管理しているかは別として、この世界の「管理者」とは、獣神と呼ばれる――世界の住人におよそ認知されていない神。
――ただまぁ、人の認知に依存する神仏じゃあないから認知度はどーでもいいんだと。
獣神の気まぐれによって、一個の魂を得た俺――は、人間と同じ構造をしているが、心の大本からは「人」になることはできないだろう。
…改めて痛感したが、人の理屈の上で生きることのこの窮屈さよ!
力を持つ者こそ、ご立派な「大義」を背負って正しい道を征かなくてはならない――後ろに続き、倣う者の模範として。
本当にご立派――先導者の鏡!とは思うが、たぶんそーゆー風に俺はそもそも作られていないんだと思う。
だって獣神が金獅子ノ神だけに。
|