他人を知るために現世へと落とされた俺――
…なんだが、正直なところを言うと、「ここでよかったんか?」と思いはじめている。
…いや、あの獣神の神域にいるよりはウン倍も意味のある毎日を送れているとは思う――
――んだが、知った顔に、人格ができた他人――と、脳みそが単細胞な密猟者ども。
そして他に顔を会わせるったら野生のアニマル…――で、
んな極端な人間がちょろっとばかりしかいない環境で、他人を知るなんぞ無理な話だろう。
――だから、「ここでよかったんか?」って話になるワケです。
本日も、肌を焼く日差しのジリジリとした暑さに見舞われながら、バギーで広大なサバンナをパトロールする。
先の双子――の両親の一件があったせいやら、アホの密猟者どもはそう滅多にはお見掛けしない。
…まぁ、広大なサバンナを当てもなくパトロールしたところで、
アホが相手とはいえ、秘密裏に事を進めようとしている連中に出くわす――発見できるわけがないんだけれども。
――ただ、俺の場合は特例だ。なーにせ、神懸った直感力と強運がセットになって搭載されてんだから。
ライオンを狙うヤツがいた、ゾウやサイを狙うヤツもいた――が、まるっとそいつら全員刑務所に叩き込んでやった。
言うまでもなくこれは世界の理に反したチート――なんだろうが、それに対するお咎めは、現状どこからも入ってこない。
金獅子の神子がやったこと――だからというよりも、そもそもこの事実を認知している存在がほぼいないっていうのがなによりの理由だろう。
…それでも、玄武ノ神ならお小言の一つも投げてくるカナーと思ったんですけどねぇ?
なんとなし、イヤーな感じのする辺りでバギー転がし、
トラップを探しつつ、そこらの動物たちに注意喚起をして――テキトーなところで拠点へ帰る。
毎日毎日やっていることはほとんど同じ――…なものの、
見守りエリアが広大なだけに同じ場所に留まる――てか帰ってくるってこと自体、そう多くないわけで。
だから拠点へ来るのだって――……いや、三日前に戻ったばっかりだ!
「レーイチ兄ちゃん!遅いー!」
「あー?遅くないでしょ。時間ピッタリでしょーよ」
国立公園の管理施設の前でワヤワヤと集まっているのは施設の職員たちと海慈――と、ライオンたちに守られていたあの白黒双子。
保護した当初は、野生動物みたいにおびえ切っていた双子――だったが、
海慈と両親の同僚たちの働きかけによって日に日に状態は良化した――弟の方だけ。
双子――とはいえ兄として生を受けた黒の方は、簡単には海慈たちに心を開いてはくれなかった…らしい。
ただ、海慈に対しては無意識で心を許していた――んだそうで、そこからの関係良化はそこまで大変じゃなかったそうな。
……まぁそれ、海慈だからだろーけどなー。
「忘れ物はございませんかー?途中で思い出しても取りには戻れんぞー?」
「大丈夫だよっ、ちゃんと海慈兄ちゃんと確かめたから!」
「さよかい。それはよろしゅうござますな――んじゃコレ、俺たちからの餞別」
そう前置いて、白の弟と黒の兄に手渡したのは、民族工芸的なストラップ。
可愛いかと問われれば「微妙」だし、オシャレかと問われれば「NO」――だけれども、何とも言えない味わいはある。
して、分かるヤツには霊験あらたかーな感じがするだろう――だって製作者が制作者だからねぇ。
俺たち――という前置きに、白弟は海慈を見る――が、海慈は苦笑いして首をかしげる。
うん、そりゃそうだ。だってコレの共同制作者海慈じゃないし。
てか、んなこと提案したら難色示され――た上で強行することになっちゃうし。
「あれーそなのー?」としらを切る算段でいる以上、海慈を内輪に入れるわけにはいかんのです。
「……まずいんじゃ…ないですか」
「まずい?なにが?」
「……空港で『これは何ですか?』と聞かれたら…」
「それは素直に『アフリカで貰ったストラップ』って答えりゃいーの」
「………」
「……澪一…その心遣いはすごくいいこととは思うけど――トラブルの種混ぜないで…!」
「はー?ゆーずー利かないわねぇ――たーかだか毛の塊2つ、目くじら立てないで欲しいわー」
「……そーやってね、なし崩し的に融通するとね、ルールの意味がなくなっちゃうんだぞー…」
ただルールを守ることを遵守して、本来守るべきことを見落とす――なんてのはアホの所業。
ルールに縛られず、臨機応変に対応していくことが肝要――とはいえ、
ルールをきちーんと守っている人間差し置いて、「身内だし」「仕方ない」と融通するというのもよくはない。
それじゃあルールを守っているヤツへの示しがつかんし、ルールを守る意義ってーのも失われる。
…ゆーずーっつーのは、問題の中心にいるヤツほど利かせるし、利くもの――
――だけれども、こーゆーヤツほどルールを守るべきなのよね。
ルールを布きたいヤツが、それ破ってたんじゃあ話にならんからねぇ〜…。
人の布いたルールなんぞ、俺には尊重する義理も、遵守する道理もない。
俺は人と同じ姿をしていても、その枠から外れた存在だから。
――とはいえ、今回「当事者」としてルールを犯すのは俺じゃーないから、それに倣わなけれりゃ道理が通らない――ワケだ。
「――じゃあホレ」
「……?………これ…は…?」
「何かあった時に必要な証書」
「…れーいちー……」
「なーによ?ちゃーんとルール守ってんでしょーが。
――秘密裏で発行したってだけで、公式で正式な証書サマよ?」
諦めを含みながらも、咎めるような色を含んだ声で俺を呼ぶ海慈――に、これは「正式だ」と返す。
するとそれを受けた海慈は何とも言えない微笑みを浮かべたあと、呆れを含んだ苦笑いで小さくため息を吐いた。
俺たちの会話に不穏なものを感じたらしい職員たちが海慈に「どうした?」「大丈夫なのか?」と声をかけている――
――が、それに対して海慈は「大丈夫」とか「問題ないよー」とか返している。
そう、何も問題ないのである。だって――ちゃんと、証書があるってことは、これは承認された正式な「輸送」なのだから。
「…しょーじき、お前らとは『一期一会』で終わらん気がするけど――
――ま、自分のやりたいこと目指して頑張んな」
「うん!いっぱい勉強して獣医になる!そうしたら――」
「あーあーその先は日本語の教科書スラスラ読めるようになってからなァ〜」
「う゛〜……」
「…心配しなくていい。勉強に支障が出ないよう、みっちり鍛えてやる――俺が」
「うわ!心配!逆に!!てか――こーわー!!」
「はっはっはーマジがんばー」
餞別の言葉を送れば、弟は目標を語り、夢まで語りだす――前に現実問題を突きつける。
すると悩みの種をつつかれた弟は、気まずそうに唸る――と、
それに対して兄の方は決意表明なのか、それとも弟の決意を削ぐためなのか、なにぞ黒いモノを含ませて助力すると言う。
双子の片割れの黒を敏感に感じ取った弟は、少しばかり顔を青くして「怖い!」と声を上げる――が、そだれけ、だった。
背負うもののある兄と背負うもののない弟――
――だから、ということもあるだろうが、そもそもこの二人は根っこの性質というのが正反対だ。
たとえ同じ目標を持ったとしても、それを達成するためのアプローチ方法が真逆くらい違う――てな感じに。
…ただ、根っこより下――根底っつーのが、二人とも同じなモンだから、その違いはお互いを刺激する「いい違い」になっている。
――ま、今に限っては弟が一方的に刺激を与えてる格好だけども。
「――よし、じゃあ行こうか」
大人の話がまとまったようで、おもむろに海慈が双子に声をかける。
その声を受けた兄は表情を変えずに「はい」と答えるが、
弟の方はぴくと肩を震わせると、寂しさを噛み殺し――切れていない表情で「うん」と答えた。
10人中9人は「寂しがってるな」と分かる表情だけに、
同僚の忘れ形見を心配した職員たちが「また会える」とか「元気で」とか別れの言葉と一緒に励ましの声をかける。
その心遣いに、弟の涙腺はあえなく決壊し――ぼろぼろのえぐえぐに泣きながら白弟は優しさに応えていた。
「――こっちのことは、任せたよ」
「おう、任せちゃってちょうだい。虎の子――ならぬ水蛟の子もありますしー」
「………それは……使わないのがベストだけどねぇ〜…」
「そうねぇ――味覚的に」
問題の重大性を無視しながら、海慈と互いの役目を確認して――
――それぞれの目的地へ旅立つため、飛行場へ向かう白黒双子――と、海慈を改めて送り出す。
どっちも、目的地に到着するまでにはながーらく車やら飛行機やらに揺られる必要があるが、その道のり自体に難はないだろう。
うん、それでいい――嵐が巻き起こるには、いささか時間が早い、からな。
車から身を乗り出して、ぶんぶんとこちらに手を振りながら、
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で「ま゛だね゛〜〜!!」と叫ぶ白弟――望。
それに俺や職員たちが手を振って応えている――と、不意に望の姿が車内に引っ込む。
おそらく黒兄――朔が「危ない」と弟を引っ張り戻したんだろう。
…うん。実際危ないからね――望は特に周りに対する警戒心薄いし。
さて見送りも一段落――と思っていたら、だいぶ先へ行った車の窓からぴょこと白と黒が出てくる。
どうやらあれが双子の折衷案、らしい――…やっぱいい兄弟だな、アイツらは。
慎重な兄と向こう見ずな弟――だが、2人の「理念」っつーのは同じ。
だから奥底の本音を言えば、朔も望のように別れと一緒に感謝を、そして再会を伝えたかった――
――から、ああして望の言い分に乗っかる形で、車から顔を出したんだろう。
双子で互いに不足を補いあっている――なんて、なんともステキな話だが、だからこその弊害ってのもある。
互いに依存しあって、分離できなくなってしまう――…現代の、平和な社会の中ではレアケースだろうが、
たった2人の肉親ともなれば、それほど珍しいことじゃあないだろう――まぁ、それ自体がレアケースだってことは置いといて。
朔と望が、互いに依存しあって、互いの世界を狭めていく――なんて可能性はおそらく低い。
朔には多分にその傾向があるが、望にはそれと同等の逆の力――進歩と開拓の力がある。
して2人とも根底に「献身」の色があるから――たぶん、なにどうすっ転んでもあの2人の世界は勝手に広がっていくだろう。
…………北の双子がそーだったワケだし。
未だ、車の窓から覗く白黒頭――だが、俺の目には捉えられても、常人の目には捉えられていない。
だから双子を見送り――を終えた職員たちは、寂しそうに両親の故郷へと帰って行った
双子の成長に幸多きことを願いながら、各々に与えられた役割に戻っていく。
名残惜しい――なんて、ヒトらしい感情も、感覚も俺にはない。
過去の通りにアイツらに対する興味が失せた――
――ってなワケでもなく、単に「また会うことになる」って確信があるだけだった。
「(『またね』実現のため、俺も働きますか――)」
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