「………俺、お獅子使いとちゃうのだけど…」
海慈が足を止めた――から、ふと視線を前方へ向けてみれば、その先100mほどに一本の木がある――
――んで、その木陰には十数頭のライオンがいる。
…因みに、こちらを警戒しているらしくてぜーいんコッチを見ている――殺気立って。
「……お獅子使いじゃないけど、近づいても襲われな――くはないかもしれないけど、殺されはしないと思って」
「まぁ……お獅子と取っ組み合いのケンカして勝つ自信はあるけども――……なーんでンなことせんといかんの?」
「それは……ねぇ――」
すいと海慈が指さす方向――にいたのはやっぱりライオン。
…野生のライオンなのだから、人間を警戒するのはごくごく自然のコト――
…なんだけれども、…にしてもコイツらの殺気は尋常じゃなかった。
本来――というのか、いわゆる「動物」っていうのは獣神の神子の気配に対して敏感で、なおかつそれを感知すると割と好意的に迎えてくれる。
てか普通は野生の、人間に対して警戒心を持った個体だろうと、動物たちは神子たちに対して警戒心を解く。
…特に、契約している獣神の種族は、結構な確率でごろにゃんと懐いてくる。「俺らってマタタビなの?」とか思うくらいに。
なのにコイツらときたら――
「…………アレ、どーゆーこっちゃい」
「………なんとも、胸くその悪い話なんだけど…ねぇ――」
金獅子の神子である俺に対してでさえ警戒を解かないライオンたち――の、その中に、白と黒が見える。
突然変異で生まれたホワイトライオン&ブラックライオン――んじゃあまったくなく、それは小さな人の頭。
因みにその頭は胴体とつながっていて、なおかつちゃんと生きている――ライオンたちに守られるようにして。
ライオンたちに囲まれている――厳密には守られているのは双子の兄弟。そして驚くことにそれは人間の、だった。
海慈が言うにこの双子の両親は、密猟者からライオンたちを守ろうとしたが、逆にその密猟者たちに殺された――と言う。
して、彼らを殺した密猟者たちは――一人残らず、ライオンたちに噛み殺された、らしい。
…そうして、ライオンたちに保護された双子の兄弟は未だライオンたちの元を離れず、ああしてライオンたちの群れに留まり続けている――そうな。
――あ、因みにあの子たちの食事は海慈が届けてるんだそうで。
…よーするに、神子たちに対する警戒心は人間に対するそれよかずぅ〜と軽度ってこと、なんだろう。
あの子たちの両親の同僚――良好な関係にあったらしい職員たちにさえ牙を剥いた、ことを考えると。
「……てかコレ、ふつーに考えなくてもおかしくない?」
「…じゃあ、そういうこと――なんじゃない?」
「…いーんだが悪いんだか…」
苦笑いして言う海慈――を見てため息が漏れる。
別に、海慈に対して思うことがあるわけじゃあない。
ただ、人間にはどうしようもない運命にうんざりした――ってだけ。
ソレが原因――とは、色んな理由で言い切れないが、それがこの悲劇を引き寄せた要素の一つであることは間違いないだろう。
…そも、あの双子とその両親が、ライオンたちと距離をここまで縮めなければ、こんなことにはならなかった――…だろうからな…。
未だ、「なんで俺が?」と思う部分はある。こーゆー交渉――てか説得は海慈の方が間違いなく得手だ。
なんだから、俺を盾にして海慈が白黒双子なり、ライオンたちなりに交渉するのが――間違いなく、色々と穏便に済む。
…しょーじき、ライオンたちを黙らせる自信はまぁそれなりにあるけれども――…あのちびっ子たちを説得するってか、泣かれずに連れて帰れる気がしない…!
「……お前たち、大体の事情は聞いたけども――…お前たちじゃ、この子ら食わせていけんでしょう」
ライオンに人間の言葉は通じない――が、神子の言葉は通じる。ニュアンス的なものが。
だから、俺の言葉を受けたライオンたちはわずかに怯む――というか、頑なだった警戒心を若干緩める。
コイツらの、双子を思う情は本物――だからこそ、死なせたくはないはず。なら、コイツらが下す判断なんてのは決まりきっていた。
ピリピリとしたライオンたちの視線――が、不意になにも含まない平常なモノに変わる。
どうやら俺の正論――てか自分たちの独善を理解したらしい。
賢いライオンたちに「ありがとね」と礼を言い――よっこいとその場に腰を下ろす。
…ライオンたちの警戒心を取り除いた――とはいえ、彼らに守られている双子の警戒心は相も変わらず。
そんな双子を無理やり保護しようとした日には――…間違いなく、ライオンらに噛まれる。イコール、死ぬ!
「……………かいじー」
「んー?」
「ここの公用語ってなによー?」
「あーフランス語〜」
「ボンジュール?!」
驚きの公用語に思わず飛び出したフランス語。
多様な民族を要するアフリカ――な国だけに、その公用語は聞いたこともないなんか民族的な言語なんだろう――と思っていたら、まさかのおフランス!
優雅かつ、音の響きが美しいフランス語――が、アフリカンな人々の公用語になっている――なんて思うだろうか?
…おそらく、歴史的な要因でそーなったんだろうから?ちゃーんと一般教育を受けれいれば、わからずとも驚きはしなかった――かもしれないが、
なーにせ修行漬けの毎日で、一般教養なんぞまともに齧らんかったからなぁー…。
――とはいえ、
「その子たち日本語分かるよー」
――だそうなので、なにも問題ない。
…ただ、言葉が通じても話が通じるかは微妙なところだが。
「…………」
「……」
じぃー…と、群れのボスらしい雄ライオンを見る。
ネコ科の多くは、目が合ったら戦いのゴングが鳴る生き物――なんだが、神子が相手だとそうはならない。
動物っていうのは本能で、敵の強さを漠然とだが量ることができる。
その能力によって無用――てか無謀な争いを避けることで、自身の命を危険にさらさず、生き残る――てな本能で。
…ただ、正気を失った――発情期うんぬんの連中には通用しないだろーが、
今はそういう時期じゃないから問題なく――俺の無言の主張は届くだろう。「手を貸せ」っつー俺の主張は。
ふと、のそりと立ち上がる雄ライオン。
そしてクルリと180度回転して雌ライオンたちの中――というか双子たちの元へ向かっていく。
群れのボスの決定に、雌ライオンたちは逆らう――ことはなく、数匹の雌ライオンは道を開けるようにその場を離れていく。
………のはいいけど、なんで急に懐いてくるのお前たち。さっきまでの警戒――てか殺気どした!
ゴロゴロと懐いてくる雌ライオンたちを適当に撫でながら、
改めて雄ライオンに視線を向けると、双子の前――にいる雌ライオンと、静かに睨みあっていた。
…どうやらあの雌ライオンが雌ライオンのリーダー――あの雄ライオンの正妻、的な個体らしい。
普通、群れのボスの決定は絶対――逆らおうものなら殺されるのが道理なくらいのライオンの世界。
ただ、群れのボスが変わったことによる子殺しの時には、雌ライオンが雄ライオンに対して逆うことが多い――
――が、その成功率は極めて低い。しようのない体格さ故に。
…とはえい、母ライオンが子供を守るのは、理屈では語りようのない本能。…だからまぁ、あの子の気持ちもわからんでもない――けども、
「生肉で人間育たな――てかそもそも食えないんだってば」
「……」
どーもこーもない、覆しようのない事実を投げる――と、雌ライオンが若干むすっとした雰囲気を見せる。
雄ライオンの判断も、俺の言い分も、尤もだとは思っている――んだろうが、よっぽど後ろに隠した双子が大事――なのか、
よっぽど人間が信用できないのか、彼女はその場を動こうとはしない。
自分たちを殺そうとした――挙句、信用した人間を殺し、
我が子のように思う子供を悲しみと恐怖のどん底に追いやった密猟者――…そりゃ、信用なんぞできるわけないし、憎むのも当然。
もし俺があの子の立場だったなら――………間違いなく、もっとヤバいことになっていただろう。
……ただまぁその場合、「こりゃアカン」と職員たちに銃殺されて終わりだろーけど。
大いに、彼女の考え――というか思いは理解できるところだが、それは肯定していいものかと問われれば――
「……お前の優しさは、その子らのためになんねーぞ」
子供を守ることは、親の務め――ではある。だが時にそれは子供の可能性を潰す。
傷つくこと、苦しむこと、それを経験するからこそ、子供はそれを防ぐため、回避するため、そして克服するために成長する。
それを助けることもまた親の役割――である以上、その逆を行くのは親の過ぎる愛情だ。
…我ながら、殊勝なことを言っているという自覚はある。
他人事だからこそこんな綺麗事がスラスラと言える――…というのもあるんだろうが、俺から言わせればこれは自分で自分に釘を差しただけ。
「俺の過保護は害悪でしかない」という、反論のしようのない正論で。
獣に、殊勝とか利口とかいう思考を求めた俺がアホだった――のか、それでも雌ライオンは頑としてその場を動かない。
母親とはここまで頑固で聞き分けのない――母性の塊、なんだろうか。
…なんとなし、ライオンという種に限った事――のような気もするが、それはもうこの際どーでもいい。
とにもかくにも、彼女に自分の意思を曲げるつもりがない――つーことは、こっちがアプローチの方向を変えるしかないってことだからな。
「――そこのちびっ子たち、いつまでそこでそーやってるつもりだい。
レンジャーだかなんだかの息子ならわかってるだろ――このままじゃ、コイツらが害獣になっちまうってことは」
特段、言葉に感情を込めず、事実だけを平静に口にする。
彼らを囲むライオンたちは、野生の動物が人間に向けるはずのない深い情を持って彼らを守っている。
それは、わかる人間にはわかる事実だが、大半の人間にはわからない異常な光景であり――常に人の命の危機にさらされているような光景。
人の常識から判断すれば、双子を守るライオンたちは「いつ双子に牙を剥くかわからない猛獣」でしかない。
なら、人が下す決定なんてのは非常に単純明快――で、独善的。
自分たちに害をなすモノは排除するしかない――…弱者の考えのようで、強者の傲慢がにじむ、まぁ救いようのない判断だ。
「お前たちを助けてくれたソイツらを助けたい。…いや、守りたいなら――どーすりゃいいかわかるな」
そう言って、俺はすくと立ち上がる。双子からの返答は否も応もなかったが、結論は出たと判断していいだろう。
精神的な理屈――よりも、おそらく肉体的な限界がきている――全員に。
…海慈が食事を運んでいたとはいえ、ちびっ子たちは十分な量の食事は取れていなかったはず――
――で、そしてそれはちびっ子たちを守っていたコイツらにも言えること、だろう。
「よーしお前らー。まだ元気の残ってる若人だけついてこーい」
脈絡ない俺の掛け声に、ライオンたちは一瞬きょとんとする――が、
割とすぐに俺の行動の意図を察したようで、数頭の雌ライオンが少しばかりその目に生気を取り戻して俺の傍へやってくる。
「よしよし」と獅子員を確認したところで、さて広大なサバンナに踏み出そう――としたら、
「………」
めっちゃ、文句ありげな海慈の視線が背中に刺さる。
…まぁ、海慈が言いたいことはわかる。
本来なら、俺もこーゆー行動はご法度と思うし、今の海慈と同じことを思っただろうから。
――だが、今は違う。
今は独善が、コイツらにとって必要なこと――だと、俺は思っている。
アホなくらい身勝手――らしくなく、人間染みた思考とは思うが。
「人間が生肉ぶん投げんのとワケ違うんだから大目に見なさいよ」
「……彼らを死に追いやる遠因になるかもしれないよ」
「ハッ、そりゃねーわ。
命懸けで神子を守った功労者を、誰も見捨てやしない――身勝手に義理堅いからな、獣神は」
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