西――欧州を中心に、そこら一帯の裏世界――魔法の世界を牛耳るのは、神代より「世界」に存在し続ける魔女。
悪の原典にして魔法の原典――「世界」の神秘の生き字引たるその魔女は【永久ノ魔女】と呼ばれ、
隠居を宣言してなお、魔法の世界に対して強い影響力を持っている。
…まぁ、それというのも「世界」最大の国際機関【西方灰境機関】、
そして灰境所有の「世界」最大の退魔組織【灰ノ地平線騎士団】の真代表だっつーのが、なによりの理由なんだろーが。
普段こそ、どっちの運営に対しても消極的――つか無関心らしい永久ノ魔女。
だが時折、なんらかの意図をもってその運営に口を出してくるという。
…してこの度のソレというのが俺への頼み事――灰平騎士団の新たな支部を魔法世界に新設する、という話だった。
魔法世界最固の城塞監獄・アバドン――の監視役を兼ねた
灰平騎士団の支部を新設するにあたり、ババアは俺にそのトップ――支部長を任せたいと言ってきた。
先の日本での穢れの暴発、そして最高位の獣神・四皇の一柱である黄龍ノ神の不貞寝によって
獄孔――地獄につながる孔近辺の魔力やらが不安定になっているから、…だそうな。
俺の痛いところを抉るババアの言い分――は、ただの事実でしかない。
世界全ての負を溜め込んだ妖――のようで妖の規模を超えた
禍の化身・鵺の封印を解いたのは言い訳の余地なく俺たちだし、黄龍ノ神が役割を投げた大本の原因も俺たちにある。
だから、面倒を引き起こした原因として、その後始末に協力するのは当たり前で当然のこと――…
…なんだが、だからってホイホイ応じるほど、俺はお利口さんじゃあなかった。
弱みのような事実を握られて、ババアの言いなりになるのが嫌だった――それも、ある。
それもババアの頼みを蹴った理由ではある――んだが、なにより理由は「他人に流されたくない」ってコト。
誰かの思惑に乗っかって、与えられた役割をただただこなす――…それじゃあ今までとなにも変わらない。
それが俺の限界――だと、ぐうの音も出ないほどに叩きつけられた事実なら腹をくくるところだが、現状そこまで情けない状態にはなっていない。
――なら、今は流れに逆らうべきだろう。…大体、あのババアにそこまでの義理ないし。
「やーですよ」とババアの話を蹴ったなら、ババアは実力行使で――とかいうことにはならなかった。
…もちろん、実力行使になって欲しかったわけじゃあまったくないが、
気が抜けるほどあっさりと「そうか」と一言で納得されると………逆に不安というか不審というか…ねぇ……。
ババアの納得の速さに「なにぞ企んで…」と勘ぐる――が、だからといって「やっぱり」とはさすがにならない。
懸念は多大にあるが、ババアのそれがブラフという可能性も捨てきれない――から、馬鹿正直に応じるのは愚策だろう。
ババアの頼み事を蹴ると、ババアは「それじゃあの」と言ってニヤと、
クッソ性の悪い嗜虐の笑みを見せた――と理解したのが後か先か、不意に強烈な光に呑まれたかと思うと――
「ッッ――――――!!?!?!!!」
――なぜか、スカイダイビングなうだった。パラシュートやらも無しで。
正直な話、この程度の高さからのスカイダイビングなら、パラシュート以下略の装備がなくとも難なく着地できる。普段なら。
しかしこの現状――気力は心許なく、武器も召喚不可というないない尽くしの状況じゃあ、難の無い着地はまず無理だった。
後先考えず、大技で着地の衝撃を緩和すればどうということはない――
…が、そのあとの展開を考えると、その選択は短絡的すぎる気がしてならない。
なーにせ俺にこの状況を叩きつけたのはあのサディズムの塊。真正面から現実を受け止めるのは素直が過ぎるだろう。
――…とはいえ、いくらそれが賢明な判断だとしても、死んでしまっては意味がない。
間違いなく、俺の肉体は素の状態でもふつーの人間よりもずっと丈夫ではある。それは確か――だが所詮それは人間の枠内での話。
どれほど優れた肉体を持った人間であろうと、1000m近い高所――つかお空から落ちたらグシャトマト確定でしょーよ。
死にたくはない――から、後の困難に腹をくくって腕に気力を蓄える。
…さすがに、1000m近い高さから降下したことはないが――…まぁ、何とかなるだろう。
…てか何とかしないと死んじゃうんですぅー!くっそーぁンのロリババァ…!!
「――ゴばァ?!」
ニヤニヤと愉しげに笑うバアアの顔が思い浮かんでギリと奥歯を噛む――と、急にドプンと柔らかい何かに呑まれる。
思わず「なんだ?!」と状況把握のために辺りを見渡す――が、視界が歪んでいるだった。
理解の及ばない状況に「は?」と眉間を寄せた――その瞬間、ぐんっと強烈な引力――じゃあなく張力がかかる。
ただ落ちるよりも大分キツいそれに、大真面目にブラックアウトを予感した――が、不意にそれは消え失せ、更に全身を覆っていた何かも消えた。
――つーことはスカイダイビング再開だぁ〜〜!
「あ゛――!!!」
なんぞ身勝手な展開に、思わず苛立ちに任せて絶叫――てか怒鳴り声が出る。
なんなの、なにがしたいの――とイラっとしていた――ら、またドプンとなにかに包まれる。
…ただ、今回は引っ張られなかった。まったく。
「………」
「……………」
俺を包んでいる何か――術で構築された水流がパシャンと弾けて消える。
それによって俺は気力を消耗することなく、そして怪我を負うこともなく地上に生還することができた――
…ワケだけれども、にしてもあまりにも雑っつーか乱暴なやり方には抗議したいワケで。
お助けいただいたご恩も忘れて抗議の視線をその恩人――苦笑いしている紫黒色の髪の男に向けた。
「えーと……ごめん?」
「…いーえ、ありがとーございますぅー………ただぁ?もーだいぶぅー?お優しーくお助け願いたかったですけどぉー」
「…だよねぇ〜…こーゆーのは霧美の担当だったもんだから…加減がちょっとわかんなくてねー?」
「ちょっとじゃねーでしょ」
「たははー」と笑う紫黒の男――源津海慈に思わずイラっとして即ツッコミを入れる。
そしてそれを受けた海慈と言えば、「そだねー」と俺の指摘を肯定した――にもかかわらず、相変わらず「たはは」と笑っている。
悪気――てか悪いことしたと思ってねーなコイツ。
乱暴だったとはいえ、空から落っこちてきた俺を助けたことは事実。
だから海慈に悪いことをしたという自覚がない――ってワケじゃない。
…寧ろその方がある意味でカンタンなんだが――…アイツのアレはただただ鈍感、てか頭の回転OFFってるから、だ。
裏作戦参謀と同じく、頭のキレはピカイチな海慈――
…なんだが、常時頭を回し続けるのが「面白くない」とかで、スパコン級の思慮深さは平時は電源をOFFっている――モンだから、
生来持つ天才故の感覚のズレも手伝って、その行動はガサツというレベルの大雑把、になっているわけだった。
「はぁ……で、なに?スカイダイビングのげーいんお前なの?」
「……スカイダイビングは、澪一を寄越したヒトの趣味?だろうけど――澪一を呼んだのは俺、だよ」
「……」
海慈の返答に「だろうな」と思う。
海慈の片割れである双子の妹様は、こーゆーお茶目通り越した常人には致死級のイタズラの趣味があるが、海慈にはそういう趣味はない――たぶん。
双子の妹のお茶目を止めることなく「はははー」と見守っている時点で、その気がある――んだろうが、自ら計画したためしはない。今のところは。
…とはいえ、俺相手にいきなり海慈の趣味が開花した――とは考えにくい。
大体、それが開花するにしても、俺を相手に――はありえない。主に海慈が俺に対して「興味がない」という意味で。
「やっぱりかいな」な現実――ドSバアアの嫌がらせに、
若干の頭痛を覚えて頭を押さえ――ながら、海慈に向かって「で?」と俺を呼んだ理由を問う。
すると海慈は珍しいことに困ったような苦笑いを浮かべて「こっちだよー」と言って歩き出した。……質問に答えてぷりーず。
「オイ」と制止のようなツッコミを入れた――のは内心だけ。
ここで足を止めて話を聞くのは建設的ではないんだろう――と、一応の結論をつけて海慈の後に続く。
状況の把握は大事ではあるが、百聞は一見に如かず――らしいから?自分で知った方が手っ取り早いんだろう――たぶん。
海慈の後に続きながら、ふと辺りに目を向ければ、そこはなんかもう明らかに国の違う風景。
カラカラの大地は踏みしめれば固く、なだらかな石の上を歩いているかのよう。
照り付ける日差しは肌が焼けるようにジリジリとしていて、乾燥した風は熱風――まで言わないものの、吹いても全然涼しくない。
そしてそんな環境に順応する植物たちは総じてみずみずしくない――てか青々としていない。
さて、この風景――というか地理的特徴を一言で言い表すならば――THE・サバンナ!
「……………ここ…どこなん…?」
随分と、遠くに来てしまった――ようで、なんか無性に不安になる。
日本はおろか、アジアも飛び出してアフリカor南アメリカあたりまで来てしまったらしい。
言語が通じない、常識が違う、治安がよろしくない――のはまぁいいとして、ツテがない――てか無一文がキツい。
…現状、海慈という資金源がいるが、頼み事が済んだらお別れするわけだから……
…それまでに最低限の活動費を確保せんといかんわけですが……。
「(お給金、ぜーんぶ超災にぶっこんできたからなぁー……)」
いつかの責任を取って――つーわけでもなく、ただ、いつか集まるだろう「場所」を存続させるため、
超災を抜けるときにウン年貯めた給金を、全額超災に寄付した――
…もんだから、俺の通帳には一円たりともお金は残っていない。イコール、働かなねば。
「ここは中央アフリカ共和国――…って言われてもピンとこないよねぇ〜」
「…」
海慈から帰ってきた国名――は、確かにピンとこなかった。
中央アフリカ――と言うんだからここはアフリカ大陸で、その中央辺りにある国――程度のことは想像がつく。
ついでに、アフリカ圏は未だ経済的、そして社会的発展が未成熟な国も多い――という印象がある。
――とはいえ、この国の実情、地理的、歴史的な詳細なんぞまったく知らん――が、
とりあえず自立力レベル1の俺が一人で生きるには無謀な土地、だということはわかる。
…ある意味わかりたくもないけど!
随分と、面倒なところへ来てしまった――というかなんで海慈こんなトコにいんの?とか思う。
風の噂で、海慈が日本を離れて活動している――とは聞いていたが、応援に向かうなら欧米うんぬんが適当なはず。
特にアメリカなんて「是非!」と大声で挙手するだろうよ――オズが。
意図の分からん海慈の行動に、思いっきり疑問を覚え――ながらも変わらずそのあとに続く。
ジリジリと肌を焼く日差しに「まだかよ…」と内心で愚痴を漏らしながらも、黙って歩いて歩いて、歩き続ける――と、
「……………あの…さぁ……」
「んー?」
「………俺、お獅子使いとちゃうのだけど…」
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