人の「死にたくない」という強い思いは、時に突き付けられた死さえ克服する。
火事場の馬鹿力、病は気から――窮鼠猫を噛む、なんてのも当てはまるだろうか。
要は気の持ちようで悪い状況は克服できるし、もしできなくとも最後まで諦めなければどんでん返しのチャンスはある――ってことだ。
さて、唐突にこんなことを言い出しているんだから、
俺は命の危険を、自分に死が迫っていると感じて、それに全力で抗っている――ってなワケじゃない。
間違いなく、俺に死は迫っている――俺に殴りかかってくる、
攻撃を加えてくる男の強さは本物で、少しでも油断すればあっという間に殺される。
だから結構、現状は切迫している――けれども、心境はそれほど切迫していなかった。
庭師っぽい作業着姿の男――の、拳がまとっているモノはたぶん魔力ってヤツ。
東洋生まれの東洋育ちだけに、西洋では一般的な魔力も、まったく全然知識がない――ってわけでもなかった。
いつかの隊員連中に使い手はいたし、神域でもそいつらとは別の使い手たちとドンパチした経験もある。
だから、魔力はまったくの未知のモノじゃあない――から、畏怖のような、恐怖のような、不快感の皮を被った怯えに苛まれる。
目の前の、自分に直接死をもたらす男の拳――よりも、男の拳がまとう知った気配がずっとずっと怖ろしい。
これは自分に死をもたらしたバケモノの力――ああ!俺は一体これからどうなるの!!
男の攻撃をかわす、かわす、かわす――命を守っているようで、それはある種の現実逃避。
良くも悪くも状況を進展させないことで、とりあえず今以上に状況を悪くしない――てか、とにかく決着を遠ざける。
これはアレ、何がどうあっても、仮に俺がこのおにーさんに勝ったとしても――俺にとって全力で悪い結末になる!
ドンパチでなにをしたいんだか、その意図はサッパリわからんけれど、ただの余興――でしかない気がする。
「(逃げてもしゃーなってのは…!わかってんだけど――さぁ…?!)」
このまま、であれば、この男の攻撃をかわし続けるのは、あと――丸一日くらいはいける。
ただ、あくまでこのまま――このおにーさんが出力を上げたり、仲間を呼んだりしなければの話。
で、更に言うと、丸一日避け続けた時には――生命力の枯渇で俺は死ぬ。
…うん。当たり前だけど非建設的!
人にとっておそらく究極の恐怖だろう死――を、ズドン!と凌駕する恐怖とは、俺のモノではない苦しみ。
地獄に落ちて生前の罪の分だけ死なぬ苦痛を与え続けられる――のは、まぁ大して恐ろしくない。
そんなことより恐ろしいのは、自分の選択によって生じるかもしれない…
…厳密言うなら防げたかもしれない、救うことができたかもしれない超自然災害――じゃあなく、
それによって澪理が傷ついて、苦しむことになる――…という可能性。
自分のせいで――とか、みみっちい話じゃあなく、
澪理が傷つくこと、苦しむこと自体が、俺にとっては何より恐ろしいこと――であり、許容できないこと。
だから安易に、軽率に、その場凌ぎに――一歩目を、踏み出せない。
いくら粘ったところで、確信も確証も、そして俺にとって都合のいい顛末が訪れることはない――ってわかってても、な。
「ッ…ちょーっとおにーさん…!なにアンタ…?!欧州のロリ魔女のっ…使い――魔ァ!?」
腹を決め――はしないけれども、意は決して男の拳を捕らえて懸念を問う。
ところがそれに対する男からの返答は――抵抗。
俺の質問に答えるつもりはない――のか、誰かの言いつけを破るつもりはない――のか、
それとも「コレ」では足りない、合格のボーダーラインに届かなかったのか。
仮説は頭にぽこぽこ浮かぶが、それを吟味する――必要は、ない。
答えは返ってこなかった――が、必要最低限の情報は得たからそれでまずはいい。
ぐちゃぐちゃかつごっそりと積みあがった不安要素――は、とりあえず全部棚上げする。
俺が生き残るよりも、俺が死んだ方が澪理を苦しませないかもしれない――
――なんて、臆病な懸念が頭をよぎるが、そんな理性は好戦性にまかれて一瞬で消え失せた。
ああすまない我が愛妹よ。頭が動物なお兄ちゃんを許しておくれ――ま、許すしかないだろうけどね?
だって好戦性、主人格から引っ張ってる個性なんだし。しかも、お前自身抑制できてないしねー。
……ま、本質に克服も抑制も必要ないと――俺は思うけどな?
防戦一方から一歩踏み出して、回避のほかに防御と反撃を交えて男の出方をまだ窺う。
まぁ事実だけを言えば、このドンパチにものの一瞬で決着をつけることは可能だ。
完全に相手は力を抑えている――全力を出さずとも圧倒できる程度の出力しかまだ出していない。
であれば、圧倒できる出力に、保険で三割力を足せば――おそらく、決着はつく。
…ただ、復活して第二形態――ってな展開もありえなくはないけども。相手、人間じゃーないからねぇ?
「(…ちびっと、急ぐ――か)」
急いてはことを仕損じる――と言うけれど、時は金なり、とも言う。
てか、無駄な力を使わんように相手の出方――つか相手の力を引き出そうとしてるってのに、ソレで消耗してちゃあ本末転倒。
俺の目標は相手の打倒じゃあなく、如何に気力を消耗せず決着をつけるか。
そこ、間違えちゃいけない。だってこのおにーさん、中ボスだもの。この後にラスボス――西の大師匠がいるんだもの…!
強いて言――わずとも、俺の体術は剛の奥義。
力任せ――と言うと、それはいささか言い過ぎだけれども、結局のところ、最終的に力を示すのは腕力――
でも、そもそも東洋の格闘技ってソレ自体に柔の奥義入ってるからいっそ偏ってる方がいいのよね。実は。
俺の体と心は剛だけれど、澪理の頭と性は柔――故に柔も引っ張られて俺の中に「特徴」の一つとしてある。
…ただ、俺の性には合わないから、それをお披露目することは滅多に――ホント滅多にないんだけれども!
「ッ…!」
「さァ――とっとと大将首出した方が、お利口――だ、ぜッ…!!」
一撃止めて、次を受け流して――その流れのままこっちが一撃を見舞う。
だがそれをかわした相手は、その勢いを利用して反撃してくる――が、それを俺は受け流し、一度相手と距離をとる。
そのラグを、臆病か、慎重か、誘いかと、迷った相手――の隙をつき、
瞬間移動で一気に間を詰め、蹴りを放てば――遂に男が表情を歪めた。
さてどう来る――なんて利口な考えは、過る間もなく次手を打つ。
ここで引き下がるわけにはいかない――なんて焦りはない。ただただ攻める時が愉しいってだけ。
傲慢で傲慢を潰す感覚――我ながら趣味が悪いとは思うが、
理性で抑えられる程度の傲慢なら、夕映が獣神のトップの座に君臨している道理が立たない。
だからこれは仕方ない。これは獣神さえ逆らえない愉悦の極み。
人間如きが貪れば、溺れて狂って破滅へと転がり落ちるなぞ当然の顛末――ただ、否人間はそーはならんのだけども。
「ハハッ――アンタ、侍みたいだなァ!」
剥き出した傲慢――を、ビリビリ感じているだろうに、男は怯むことをしない。
状況の悪さを察して苦々しい表情を浮かべているが、どこにも恐れの色はない――てかその逆で、その目の奥底には怒りの殺意があった。
なんぞ訳あって抵抗できない自分の立場に苛立ちを覚えているのか、
己の優位を勘違いしてつけあがる雑魚が腹立たしいのか、自身に面倒を強いた誰かに不満を抱いているのか――。
理由はわからんけれど、怒りをぶちまける――個人の感情に流されるつもりはないらしい。
…割と素直に、その忠誠心と自制心には感心する――が、だからこそ芽生える悪い気ってのもある。
「ああこりゃビックリだっ、トンだ甘ちゃんじゃねーの!西の頭領サマはッ!姿もロリなら頭もガキ――か?」
「ッ……!!」
「ォん?気に障ったか?だーが事実じゃねーの?アンタみたいなお利口さん抱えてんだから、さァ?」
ビリリ――通り越して、ビキキと奔った純粋かつ濃厚な殺気に、
しかとおにーさんの地雷を踏み抜いたと理解する。
虎の尾――どころか、これは地獄の番犬のおっぽを踏んでしまったようだが、内心で「あっちゃー」と漏らして終わる。
端からその程度は想定済み――てか、それくらいの大物を狙って踏んだんだから、これはナイス釣果!
――って、
「ぐば!」
さて殺し合い――とワクワクしていたら、殺気立って目が血走る男が声を上げる。
脳天に、ゴスロリ衣装の金髪幼女のかかと落としを食らって。
…思うに殺気立った状態じゃ、生半可な打撃じゃあ興奮で正気を失ったおにーさんに「痛み」を与えることはできないはず。
だっていうのに、痛みを与えたのは見紛うこと無き幼女――…あ゛ー……知らず慣れてる自分がやんなるわー……。
「ククっ♪己が使い魔といえど、こやつに憤怒を出されては面倒くさいんだがのーぅ」
「……はァ、そですか。そっちの都合は知らんですけど」
「うむ、せっかくの殺し合いに水を差してすまんな。闘技場を改めてやり直そうなぁ?」
「いいです、いいです。すっかり白けました」
「え〜、ボクは見たいけどなぁ〜」
「…はぁ?やーですよ。なんで最悪無敵のラスボス前にしてラスボス級中ボスに命懸けで挑まにゃいかんの」
「えー?だからおもしろそうなんでしょー?ドルフの本気なんて――………アレ?何千年ぶりだっけ??」
「………」
…おそらく、相手に――幼女の横でフワフワと浮遊している白の子獏に、俺を脅かそうなんて意図はない。
あれはただ事実――浮かんだ疑問を口にしただけ。
幼女が踏みつけているおにーさんは、俺が煽った魔族は――神代から世界に存在し続ける最上級存在ってだけ。
それをわかってケンカ売ったんでしょ?――とか思ってんだろうかあの性悪獣神。
「まぁ、安心するといい。ワシがお前を手にかけることは――
――無い、とは言えんが、そーゆーつもりで呼んだわけではないんでなぁ?」
「………ロクでもねー気しかしないワね」
「んー?そーでもないと思うがなぁ。ちょーっとした頼み事、だ」
「………そーでもなくて、ちょーっとしたお頼み事なら西で足りるがな」
「んんー?そんなことはないぞー?
いつかの大地震で西は未だに弱り目――…黄龍がその気になれば均衡が崩れるほど、な。
――挙句、未だに東の援助を受けて回っている状況でのー」
「……なら東にご依頼いただけます?只今ワタクシ獣神の持ち駒ですのでー」
「おやおや、東洋人とは思えぬ懐の浅さだのー?」
「……俺が手伝いたいと思っても、俺の主が首を縦に振りませんとー?…………って、ぅん?振ったの??」
「ハッ、バカを言え。ワシがあの金獅子に頼む、なぞするわけがなかろう。
ワシはただ『手が足りん』と愚痴っただけ――お前を寄越したのはアレの意地悪だろうよ」
「………」
基本的には獣神を嫌っているこの幼女だけに、バアア発注の金獅子経由で俺が発送された――
――わけじゃなく、金獅子が自分の思惑で俺をババアの元へ発送した――らしい。
…まぁ、その方が納得だ。夕映がババアの頼みを聞くのはあり得るが、ババアが夕映に頼む――ってのは、違和感しか仕事してない。
…しかしまぁ、どっちが発端にしても――引き受けたくないんですけど!
「………………澪理絡みか」
「――いや、全然?」
「…………それでよくもまぁ俺に話持ってきやがったな……」
「ははは。なぁに、どうしても神子ではなくてはならない仕事――というわけではないのだが、
無人島に宝を眠らせておくのも忍びない――しな?」
「…な?」
「東の弟子が恥も外聞もなく『澪理以上の心配の種が――』と絶望見おってはなァ〜。
一肌脱ぎたくなるのが師の性、かの〜ぅ」
「………………二重の理由で信じられんわ…」
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