頬を撫でる潮風は、カラリと乾いていて――心地がいい。
夏ど真ん中――といったような気温ではあるが、湿気のない暑さというのは実に爽やかで。
じわーっとした極東の島国のあつさとはまったく違って、不愉快じゃあないから気にもならない――
――…からこそ、別のコト・・が気になるわけで……。

 

「…はぁ……いつまで俺はここにいりゃあいーんでしょーねぇ〜…」

 

 燦々と照る太陽の光を受け、キラキラと輝いているのは――コバルトブルーの海と真白な砂浜。
それをパラソルの下、デッキチェアに寝転がりながら眺める――なんて、絵に描いたようなリゾートofバカンス。
誰もが羨むだろう至福の時間――だとは思うが、腑に落ちないこと、心配事を抱えた状態じゃあ無価値――通り越して苛立ちすら覚えた。

 何故、俺はこんなところでバカンスもどきに興じているんだろうか。
本物さいあい自分いもうとが、世界最強悪の魔女に捕まって――死ぬほどきっつい修行しごきを喰らってるってのに…。
…いやまぁ……俺自身も似たよう目には合ってるんですけどぉー……。

 犠牲に見合わない「成果」しか上げられず、その責任を負って超災そしきを抜けた俺――は、
一応は故郷じもとの日本を離れて南の島――風の、獣神の神域しまで生活している。
…本当は、愛妹の後を追って最強悪とわの魔女の元へ――欧州へ渡りたかった。
だがそれを、俺が契約する獣神――金獅子ノ神が却下した。

 今のお前はアイツの「ため」にならん――と、金獅子ノ神ゆえは言う。
正直、その真意は汲み取れない――が、その言い分は正しいんだろうとは思っている。
あの・・失態が、澪理アイツだけの原因もんだい――ではない以上、大なり小なり俺にも落ち度はあったはず。
…ただ、その落ち度ポカというのに、まったく見当がつかないんだが……。

 

「(…早い話、それが欠点おちど――か…)」

 

 自分に一切の落ち度はなかった――と思っている、自分の思慮、思考の浅さ――が、俺の落ち度けってんなんだろう。
命令されいわれた事は完璧に遂行するが、それ以上はなく、それで終わる――ロボット的な考えあり方が。

 指示されたことを完璧にこなす――それは大事なことではある。特に、優れた軍師が組み上げた作戦を以て戦いコトにあたるとなれば。
だからそういう戦いにおいて、コマが思考を持って動くのは逆に不利益を生む。
…とは言うものの、本当にデキる策士ってのは駒の思考まで読むモンで。
それができない策士ってのは所詮その程度・・・・――…なら、その策ってのも「その程度」ってな話になるワケで。
…穴のある策に、当たり前に全乗っかりししこうをなげた俺――の不出来むのうは明らか、か。
 

 「澪理のため」と言いながら、自分に与えられた役割をこなすことしか考えていなかった――
――その、思慮の浅さと視野の狭さが俺の欠点で、今後改善していかにゃならない部分。
そしてそれを改善せんことには澪理のちからになれない――としても、俺がここにいる意義がわからない。
ここで――獣神の神域で、その神子としてその威を示す――売られたケンカ全部買って全部勝つ、
それこそ思考ゼロの脳筋案件おまつりさわぎばっかりの毎日いまに如何ほどの意味があるというのか――

 

「……っていってること自体アカンのか…」

 

 今、答えがわからないのはいい――
――としても、が「成果こたえ」につながっていると考えるのはよろしくない。…てか、考えあたまが進歩していない証拠。
今が――用意されたこの現状が、答えにつながっている――なら、それは夕映だれか解決こたえまでの道を用意してくれたということ。
そしてそれを当然と思うのは、自分の頭で考える気がないから――じゃあダメなんだっつーの。

 現状いまが答えに、自分が望む結果につながっていない――というなら、
自分の理想ねがいを叶えるにはまず現状ここから抜け出すことがなによりだろう。
俺に足りていない思考モノを養うために必要な経験モノ、というのは正直見当もつかないが、
テキトーにでも「世界」を渡り歩いてる方がここでバトってるよか有意義――…なんだろうが、俺がその選択をするには多大な懸念要素がある。
そしてそれは俺という存在の生死――…いや、存続にかかわるコトだった。
 

 獅ヶ原澪一おれという人間そんざいは、この世界においてイレギュラー――というかチートクラスのうらワザによって成立している。
無から有を生みだす獣神の権能チカラによって、本当は肉体はおろか、魂すら無い――澪理のなか有っ人格おれというモノはこの世界に成立していて。
俺という存在・・が、夕映の一存で存在している以上――ヘタなこと・・・・・、はできない。
…ヘタ打って、夕映の不興を買った日にゃあ――……消滅、一択だからねぇ〜…。

 ただただ、俺が一人消滅するってんならそれでいい――…んだけども、澪理を残して――いや、澪理とはなれるわけにはいかない。
それだけは、なんとしても避けなきゃならない――どれほどの無様をさらそうと、だ。

 

「――――」

 

 瞬間、殺気があたまに刺さった――と感じたのが後か先か、気づけば視界の端で小さな輝きが奔る。
それに自分が置かれている状況を理解して、「ああ」と納得したその次の瞬間――には、
小さかった輝きが――灼熱の火球が、数m先にまで迫っていた。

 

「――…進歩ないねぇー……」

 

 俺を狙った火球――の、全ては既に回れ右。
「いらっしゃい」からの0.での「いってらっしゃい」で、火球はすべて向かってきた勢いのまま、
そもそも火球を放った襲撃者だれかの元へ返っていった。

 遠い向こうで「あ゛ー!!」という絶叫が聞こえる。
跳ね返す時に火力かきゅうにオマケをつけたやった――ってなわけじゃーないんだが、
完全に不意を突いた攻撃だっただけに、それを返されたこと――が、相手にとっての不意打ち、になったらしい。
…大した威力じゃーないんだが、不意を突いた攻撃ってのは――…威力10割増しだからオソロシイ。

 デッキチェアから起き上がる――もとい、腰を上げるのが面倒くさい。
座ったまま、なめたゆうがな体勢で迎え撃つことはいくらでも可能――…ではあるものの、
それじゃあ進歩げいがないというか、つまらみごたえがないというか――夕映が、おそらく納得しないだろう。

 別段、「ソレ」を対価に求められてるわけじゃない。
だが、無償で衣食住せいしを保証されるってのも――若干、心地が悪い。なにせ相手が金獅子ノ神ゆえだけに。
…おそらくは俺の被害妄想――考えすぎ、なんだろうが、よぎっちゃった疑念モンはそー簡単に振り払えんのです。

 相手が相手だから…ねぇ〜……。

 

「――さすが金獅子の神子様!
漁火の精鋭を集め挑んだのですが……ここまでコテンパンにされてしまうとは……」

 

 頭を掻きながら苦笑いしてそう言うのは――鳥のような人、というのか、人のような鳥。
肌は白の羽に覆われ、腕は同じく白の翼で、足は水かきをもつ水鳥の足――だが、はすらりと伸びた人のソレ。
更に嘴――はあるが、それがついている顔は鳥の輪郭じゃあなく人のモノ。
ファンタジーで言うところの「鳥人」というのが今、俺の前でへこへこしている――プラス、さっき火球を放っておそってきた連中だった。

 不意を突いて襲ってきた――にも関わらず、「さすが」と言ってよこすカモメっぽい鳥人。
自分たちの不敬をごまかすためにおべっかを並べている――わけじゃあない。
腹を見せて、おだてて持ち上げて、夕映こっちからの評価を上げようって魂胆――と、式神じんがいを超える神子じんがいへの畏怖をごまかすため。
…ごまかしきれちゃいない――が、それも毎度、だった。

 

「…次にちょーせんする時は、もうだいぶ・・・、連携に気を配っていただけるとー」

「はは…は……連携、ですかぁ〜…。
………正直、訓練さえまともにやらない気まぐれ集団ですからなぁー……」

「……あー…そういう生き物モン、なのね…」

「そう…ですねぇ…。それ故のの強さ――…というのが、海鳥いさりびの特色でもありますから…」

 

 徒党を組んで――…いや、厳密に言うと単に集団で・・・俺を襲撃したのは、
カモメやらアホウドリやらといった「海鳥」風の姿をした鳥人たち――漁火一族と呼ばれる獣神式神の一派。
コロニーは作っても、各に連帯感はない――群れても馴れ合いはしない。
それが群の中で生き延びるたつを成す「核」――だというなら、それは尊重するべきだった。

 至上の神たる獣神の加護を受ける精霊――である獣神式神は、
主神あるじと仰ぐ獣神に姿が寄り、その生物すがたの影響を――というか「気質」のようなものを強く引く。
自然の具現であるからこその弊害――であり、特色。
いわゆる「長所は短所、短所は長所」というやつで、欠点にもなりえるが、同時に最大の武器にもなりえる。
…だから、漁火のまとまりのなさっていうのは、このまま許容されて、更に個の強さに磨きをかけていくことが、
ある意味で「集団の強さ」の強化につながる――…んだろうが、軍師きれもの相手じゃあ、全然強みにならんだろうなぁ……。

 

「(…まぁ……無駄な心配、なんだが…)」

 

 最後に「ありがとうございました」と模擬戦の礼を言い、鳥人たちは海へ向かって――よろよろしながらも飛び立つ。
生物やせいのカモメが助け合う――なんてことはない、が、だからといって漁火一族かれらもまた助け合わない、なんてことはない。
彼らには人間に勝るとも劣らない知性と理性がある――んだから、
同じ一族なまえを冠し、同じ場所むらで暮らす同胞を見捨てる、なんてことはさすがにしない。
…ただまぁ、「そういう」掟ってのか、ルール――教育方針がある一族トコロは別だけども。

 俺にコテンパンに伸され、ボロボロになった漁火の精鋭たちは、互いに肩を貸しあいながら、
先導の鳥人の後に続いて海の向こうへと飛び立ち――ふとしたところで、強い光と一緒にパッと消える。
漁火一族に瞬間移動――空間転移の能力はない、ことを考えると、これはおそらく游鴎ノ神しゅしん優しさしわざだろう。

 

「――らしくなく、難しい顔をしているじゃないか」

 

 気配なく、そろりと姿を見せたのは――金色の、鬣のないライオン。
その風格は、位を持たない獣神なんぞなら容易に圧倒するだろうつよさがある――
――が、彼女は金獅子ノ神の子神という立場の、数多いる夕映の妻――の筆頭。
獣神にほど近い存在ではあるが、厳密には獣神じゃない存在――なんだけれども、夕映は「形式上はな」と言う。
…うん。「そうなんだろーなー」と思ってるけどもね。

 金獅子ノ神ゆえ子神つま――の数は、百にも及ぶ。
ただ夕映曰く、金獅子ノ神じぶんの子神は一人だけ――で、その他は共有愛人ざいさん、とかいう。
…して、その愛人ざいさんの共有相手――というのが、

 

「……姐さんこそどしたの。ココに来るなんて珍しい…」

「どうした――ということはないよ。ただ可愛い神子むすこの様子を見に来たというだけさ」

「……息子…ねぇ……」

「なんだい?私に息子扱いされるのはイヤかい?」

「いや…そーゆーことじゃー…ない、けど……。………息子の、寝込み襲った――の?」

「ああ――それとこれとは別のハナシだよ」

「…」

 

 平然と、1ミリたりとも表情を変えずに身勝手――というか、わたし様ルールで話を完結させる姐さん――ことノイ姐さん。

 人の常識的に、突っ込みたいところはまぁあるけれど、相手は獣神に連なるモノ――な上に、
その中でも特別「ゴーイングマイウェイ」な四皇きんじしの眷属だけに、抗議するツッコムだけ無駄。
…大体、見掛けガワしか人間・・じゃあない俺が「人の常識」持ち出すのも、そもそもオカシイしねぇ〜……。

 

「――それで?私の可愛い息子は一体何を悩んでいるのかな?」

「…」

 

 自分の言葉を取り下げるつもりのない姐さんは、
余裕をたたえた優雅な笑みを浮かべて「どうした」と問う――息子おれが答えたくないと分かった上で。
…嫌なとこだけ似ている金獅子夫婦しゅじゅうに鈍い頭痛を覚えて――沈黙した。

 夕映曰く、本人が望むほんらいなら第三位はっそう級の獣神ちいにあった――というノイ姐さん。
ただそれをノイ姐さん自身が望まなかったから、金獅子ノ神の子神という立場に置いている――
――だけで、姐さんさえ望めば八双交代は秒で決行案件、だそうで。
…そんなノイ姐さんに反抗だんまり決め込む――とか、正式な・・・神子じゃない俺がやっていいことじゃあない――…んだけれども、
それを他でもないノイ姐さんが容認している――から、最終的には問題ないのよねぇー…。

 

「…あの、さぁ――おかーさん?」

「おや、なんだい?」

「……息子、ココから旅立ちたいんだけど」

 

 ここしばらく、胸にため込んでいた願いよっきゅうを、なんとなし口にする。
おそらく、夕映にしても、ノイ姐さんにしても、俺が獣神の神域ココで出ていくこと――自体には、可否すらないだろう。
ただその目的が「澪理のそばに――」となったら、間違いなく夕映は「ダメ」と言うだろうし、姐さんも「考え直せ」と――やんわり「バツ」を出すだろう。
…まぁ、だから――ってわけじゃないが、そういうつもりでココを出たいワケじゃない、んだけども。

 ネコ科には珍しい社会性むれをなすという習性を持つライオンの姿を持つ金獅子ノ神――の、子神つまの筆頭であるノイ姐さん。
集団で子育てを行うライオンを模すだけに、子育てはお手の物――…と思いきや、「子育て経験なし」との自己申告。
――ただ、「後輩スルーの教育については定評があるよ?」とのこと。……いや、聞いてない聞いてない。

 ――とにもかくにも、余裕をたたえた経験豊富な優雅なお姉様――なノイ姐さんだけれども、
こと子育て――特に息子の教育ソレについては素人に等しい、らしい。
さて、そんな姐さんに、俺の考えきもちが読めるのか――といえば、そりゃ読める。
何度も言うようだが、姐さんは子神だけれども獣神はっそう相当なの。
だからこわっぱのちみっちゃい頭の中なんぞ――筒抜け筒抜けお獅子が通るなの。たぶん。

 

「知っているかい?」

「ん?」

「ライオンの息子オス縄張りプラウドを離れるということは、
一人前のオスと認められる――と同時に、群れの部外者になるということなんだよ?」

「………いや、そこでリアルお獅子論出されても……。
…てかそれ言い出したら夕映のハーレムむれ自体そもそも規格外ろんがいでしょ。
姐さんオス換算したって雌雄比『99:2』ってなに?コレもうお獅子っていうよりセイウチよ??」

「うん、それはまったく以てその通り――なのだけれど、私が言いたいのはそういうことではなくてね?」

「ね?」

「……」

 

 リアルお獅子習性――は、ものの例えであって、ノイ姐さんが言いたいこと――じゃあないと言う。
じゃあ何が言いたいの――と、問い返したけれども、それに対するノイ姐さんからのお答えはない。
そこは自分で気づくべきところ――ってことなんだろうけれど、も――

 

「獅子は我が子を千尋の谷に落とす――てなァ?」
 

「ぐお!!?」

 
「あ」

 

 不意に腰から全身に奔った強烈な衝撃。
半身不随も止む無し級の衝撃に「なんじゃい?!」と疑問どころか驚きすら覚える暇なく俺の体はぶっ飛び――
――なんか見覚えのある強い光・・・に突っ込んでいた。
 

 ――あ、因みに「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」は架空のお話。
ここで言う「獅子」っつーのは仏教由来の架空でんせつの生き物――であって、リアルお獅子ではないのです。
てかリアルお獅子は谷に落ちた我が子を、群れで協力して助けるんだそうな――
――ま、そんなこと獣神と眷属ゆえたちには関係ないけどねー!