数日のうちに馴染んだ神気を、魔力に変換して――全盛期と同じくそれを全身にまとう。
人はもちろんのこと、魔物も魔獣も圧倒する吸血鬼――の身体能力が、魔力によって更に強化されれば、
そうはもう魔物にとってすら脅威と呼ぶ、無敵に等しい強者となる。
…とはいえ、多勢に無勢じゃあそこまで余裕をかましちゃいられないが。
白銀山の内部、その奥にある大魔孔を通じて
魔界から現世へと飛び出――そうとする魔物どもを爪で裂き、デカい魔獣は蹴りを見舞った上で殴り倒す。
正直、想定していたよりも魔物どもは強かった――が、だからといって俺の障害になるような程度じゃあない。
ただ、討ち漏らしを出さないように意識しているから手間がかかる、というだけだ。
無手での戦いは得手――ではあるが、そもそもこの戦闘技法はザコの相手には向いていない。
何度も言うようだが、倒せはするし、現状討ち漏らしもない――が、とにもかくにも、面倒くさかった。
別段、魔法が使えないわけじゃない。
使おうと思えばザコを一掃するのに適した広域魔法は使える――が、それにはどーにも場所が悪い。
この狭い通路で、俺が得意とする炎属性魔法を使おうものなら――敵、どころか自分まで窮地に追い込みかねない。
――なら、他の属性の魔法を使えばいい――んだが、ブランクで色々と忘れた。
「(まぁ……この程度の『足止め』は、スィーアのヤツも想定済みだろーが)」
また1体切り裂いて、更に1体蹴り飛ばして――それを別のヤツにぶつけて稼いだ間で、別の1体を殴り倒す。
大半の魔物は、山頂に空いた穴から外へと飛び出している――
――が、少々頭の回る連中は、あえてそこからは飛び出さず、遠回りだが敵が無警戒だろう通路を選んでいて。
とはいえ、少々頭の回る魔物の浅知恵なんぞ端から勘定済み。だから焦る必要はないんだが――…煩わしいッ!
少しばかり――…いや、正直なところかなり、いつかの得物だった魔剣・フェンリルが恋しい。
黒ノ始祖が作り上げたフェンリルは、人代では考えられないほどの性能を誇っている。
少しばかり魔力を込めて振るえば、炎をまとった斬撃が放たれ――並の魔物はそれで終わる。
たとえ上級の魔物だとしても、それを受け止める、打ち払うとなれば一苦労――するほど、だ。
フェンリルは、長剣と呼ばれる長さにある――から、おそらくここで振るうには少しばかり不便だろう。
とはいえ、1体1体を直に倒さにゃならん拳よりはずっと楽――だろうが、無い物を「有ったら」と思っても仕方がない。
ないモンはない――つーかもうフェンリル、俺の剣じゃねーし。
思いっきり拒絶していた「白狼の神子」の肩書――ではあったものの、
それが吸血鬼にとって良くも悪くも重要な「力の象徴」であることは間違いなくて。
その肩書を、自ら語ることはしなかった――が、「武器」にはした。
それが、ヴァンピールの勝利につながり、俺の目的の達成につながる――そう思ったから。
北欧神話に語られる狼の姿をした怪物・フェンリル――の、亡骸を素材としたフェンリルを振るうことで、
俺はヴァンパイアに対して、自分が「白狼の神子」になりえる資質を持った強者なのだ――と、語らずして力を示しめした。
そしてそれにヴァンパイアは少なからず畏怖を覚えて、ヴァンピールを攻撃することに躊躇した。
その躊躇は、抗争において大きなアドバンテージになる――なら、ニアたちの命を預かってでも、フェンリルを手中に収める価値はあった。
初代七大魔王が守護する――永久ノ魔女の宝物庫から、だろうとも。
いつかの時分には、「来い」と念じるだけで手元に召喚することができたフェンリルだが、今はまったく俺の呼びかけに応じない。
というかまずフェンリルと俺が繋がっていないんだが。
…しかしまぁ契約解除は当たり前と言えば当たり前だろう。そもそもフェンリルはババアからくすねた危険物。
俺をぶちのめした――フェンリルを取り返したなら、それをあるべき宝物庫へ戻すのは当然の顛末だ。
「はぁ〜〜………――ダリぃ!!」
溜まった鬱憤を拳に乗せ、放つ――と、強烈な衝撃波が生じる。
…ただ、格闘家のそれじゃあないから有効範囲――飛距離はない。
だから――飛び道具、にはならない。結果、手段は変わらない。
「…ダルい、程度になったんだから喜びなよ。
ヘタすれば苦戦連戦、作戦失敗――だったんだから」
「――…いー返せんのが、なお腹立たしいわッ」
姿はないが、近くに感じる白狼――の言葉にイラっとして、またそれを乗せて蹴りを放つ。
衝撃波は出なかった――が、蹴り飛ばされた魔物は他の魔物を巻き込んで通路の奥へ逆戻り。
あんまり感情任せな戦い方は褒められたもんじゃない――が、前へ進むきっかけにつながったんだからまぁ、結果オーライだろう。
前に立ち塞がる魔物を排除して、魔物どもが侵攻してくるよりも先に奥へと進む。
まだまだリムたちも元気いっぱい――暴れたりないくらいだろーが、だからといって島民たちを不安にさらし続けていいわけはない。
…まぁもちろん、それで焦ってポカっちゃあ元も子もないんだ――が?
「っ――…?!」
少し先――に感じた強大かつ、凶悪な魔力に危険を感じて、思わず足にブレーキをかける。
そしてそれから数十秒のうち、通路の奥から姿を見せたのは、魔物を操る屈強の男――の姿をした死霊、だった。
「忌々しい気配がすると思えば――まさか我が血族、とはな」
ニヤリと、嘲笑と嗜虐の色を孕んだ笑みを浮かべる死霊――に、思わず嫌悪を覚える。
…コレはアレだ。俺が一番に嫌うトコロの――驕り高ぶった純血統の侮蔑!
ああまったく、ただでさえ苛立ってるってのに――こんなモン前にしちゃあ、冷静でいられるかっつーの!
――と、襲い掛かりたいところだが、なーにせ相手は霊体。
物理攻撃は無意味――だが俺の一番の攻撃手段はザ・物理の近接格闘。
属性をまとわせた衝撃波なら効果は見込めるだろうが、なんにせよ近づかんことにはどうもこうもない――
…憑依する特性を持つ死霊に。
「……まさか、あのアバドンから脱獄するとは…ね」
「んん……?貴様、は……」
「見ての通りの白狼さ。先代には遠く及ばない――けどね」
不意に、俺の前――男と俺の間に姿を見せたのは白狼。
男はアイツを知らないようだが、アイツはこの男を知っているらしい。
……つーか…脱獄で、アバドンっつったら……!
「くく……その遠く及ばない獣神と――その神子で、我を止めようというのか?
――先代でさえ打倒が叶わなかったこの我を…!」
「………………はァ?なにぬかしてんの?主さまがお前を倒せなかった?
まぁそれは事実だけど――それ、ただの情けだから。というかレーヴェさまへの義理立てでしかないから」
「………」
「大体お前さぁ、主さまの手にかかってないじゃん――
――こけおどしの一撃で、氷漬けになった身の程知らずがなに言ってんの?」
らしくなく、その顔に、声色に、あからさまな挑発の色を含ませ吹っ掛ける白狼――に、間髪を容れず魔物どもが襲い掛かる。
そしてそれを白狼は――姿を消すことで、それをかわす。
……要するに、その全部が俺に襲い掛かってきた――ってーワケ、だッ!!
「てんめっ…!」
「なに?邪魔な木っ端排除できたんだから上等でしょ」
「……」
俺の肩に乗り、しれっと言ってよこす小狼に若干イラっとする。
…とはいえ、間違いなく強敵だろう死霊と事を構えるにあたって、余計な的がいなくなったのは――確かに上等。
討ち漏らす――のはまぁいいとして、魔物どもを囮にして攻撃を仕掛けてくる――んならまだいいが、
その隙をついて俺を突破されちゃあとっても不味い。
武器による接近戦闘――が、主力であるヴィーたちこそ、死霊との相性は最悪――間違いなく俺より分が悪い。
そんな妹組に、魔法世界の果てにある、最固と名高い城塞監獄・アバドンから脱獄した死霊の相手は任せられない――
――…もしアイツらになんかあったら………その兄組に俺が殺される…!
「(――…とはいえどーしたもんか……!)」
反論の一つもなく、猛然と襲い掛かってくる男。
こちらの拳攻撃は効かない――が、男の攻撃は、通る。
物理攻撃――という形じゃあなく、とり憑くとか、乗っ憑るとか、そういう方向性で。
…とはいえ、あの高慢ちきを相手に、精神的な戦いで負けるなんぞ、可能性すら感じもしない。
真っ向勝負で命を削りあう――事も可能で、その上で勝つこともできるが、無駄な消耗は避けたい。
俺の目的はコイツの打倒でも、監獄に送り返すこと――でもない。あくまで一番の大仕事は――
「――っ!」
一瞬の隙をつき、男の手が俺の首に伸びる――…その前に、俺と男の間に割って入ったのは1本の剣。
白銀の剣はどこか見覚えのある装飾をしている。遠い昔、どこかで見たような――
「ぅおっ?!」
いつかの記憶をたぐる――前に剣を手に取れば、
妙に手に馴染む感触に「ん?」と疑問を覚える――またそれより先に、
着ていた服が変わった――挙句に髪色まで変わる。
オイオイオイオイ、これじゃあまるで――
「――ハッ、こりゃア確かに『身の程知らず』、だァな…!」
「ハッ…!神子でありながら、死霊に圧されている未熟者が何を言う…!」
「あン?テメェこそなに言ってやがる。
この程度で、白ノ始祖に挑むなんざ――高慢ちきにも程があンだろうがァ!!」
再度襲い掛かってきた男の手を剣で受ければ、その屈強な姿通りの力で圧される――が、だからこそコイツは脳筋だと確信する。
霊的な存在でありながら、この剣に触れても問題ない――物理の剣と判断するなんぞ、アホの極みだろう。
……ニアだったら0.で敵前逃亡だろーよ。
俺を未熟と笑った脳筋に吼え、握った剣に命を注げば――
――白銀の刀身が冷気を帯び、それによって空気中の水分が凍りキラキラと輝く。
知った冷気――なのか、男は血相を変えてその場から飛び退き、身構える。
だがもう――いや、この剣に触れた時点で手遅れ。
男の手は既に凍り付き、そこから氷の侵蝕が始まり――こうしている間にも、氷は男の手首にまで及んでいる。
おそらく、このまま放っておいたとしても、男が地上へ出る前に、ヤツの全ては凍り付く。
放置したところで、誰の害にもならないだろうが――
「オイ…!やめろ…!!貴様も我と同じ黒ノ血脈にある者だろう…!
賢き黒の同胞が…!何故白ノ一族の味方をする…!?」
「ハン、黒だの白だの時代遅れだこの死人がっ。
つーか、そのオツムで――『賢黒』語ってんじゃねェーよォオオ!!」
「ッ――!!!」
剣に命を食わせ、力任せに剣を振り下ろす。
その、神気を帯びた斬撃は、迷いなく、一直線で――男を襲う。
死霊だけに、斬撃が男を襲おうとも血飛沫は上がらず、その姿が両断されることもない。
そして、断末魔を上げることさえこともなく――男の脱獄は終わりを迎えた。
「…………とんでもねーな…」
男を仕留めるために放った斬撃は、男を一瞬にして氷漬けにした――
――上に、通路の大半も余力で氷漬けにした。
…一応、生命力――東洋でいうところの「気力」というヤツは、魔力よりもエネルギーとしての濃度が高いとは言われている。
そして、俺がこの剣に注いだのはいわゆる気力というヤツだったわけだが――…それにしても、だろう。この出力は。
「………なんだよ…コレ……」
「…なに?性能に不満でもあるわけ?」
「いや…不満っつーか………気合、入れすぎじゃねーか…?」
「……なに言ってんの。こんなの全然シンプルだよ――
――…ただ、獣神の力を出力してるだけなんだから」
「……」
平然と――じゃあなく、むしろどこか不機嫌そうな風で、
チート魔剣と畏れられたフェンリルさえ凌駕する剣を、「シンプル」と言い切った白狼。
…まぁ確かに、あの一撃は強烈ではあったが、
発動のプロセスというのは超シンプル――フェンリルとも何ら変わりない。てかどこにである魔法剣と同じだ。
もし、この剣が持つ機能がそれだけだというなら――…確かにシンプル、てか簡素過ぎるくらいだろう。
――…これが、八双の神格武装だというのなら。
「……あと、コレは――…どーゆーこと、だよ…」
「髪色は、俺のせいじゃないから。
…装束は俺が用意したものだけど………、……髪色は白の血が覚醒したんだよ――たぶん」
プレヴェールは強いて言ったら灰だからね――とつけたした白狼の言葉に、しようなく納得する。
間違いなく、プレヴェール家は黒ノ始祖・ヴェールの血を引く黒ノ一族――なんだが、その系譜のいたるところに白ノ一族の名が刻まれていて。
白黒のいいとこどりを狙った――わけではなく、ただ血を残すため――でもなく、ただ単に縁がつないだだけの混合。
かつては混血と虐げられたこともあったらしいが、今となってはそれも過去の話で――
…親戚一同、全員黒髪だから白の血なんぞとっくに薄れて、無いも同じになったモンだと思ってたんだが……。
「血は争えない――ってか?」
「……なんか違う気もするけど…――それで、いいんじゃない?別に髪色変わっただけだし」
「……なんつー身も蓋もない結論だよ…」
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