吸血鬼――という魔物は基本、長命だ。
真祖、始祖――は別種として、記録上では最長で約1000年、平均でも約200年の時を生きる。
…と言っても、それは上位種に限った話――で、更に言うとすったもんだの多かった中世の記録なだけに、
現代を生きる純血統の吸血鬼の寿命はおそらくもっと長いだろう。
人間の血を持たない吸血鬼の寿命が約200年――なら、その血を大体半分程度引いている被害体の寿命は大体100年――…とはならない。
厳密に、純血統の吸血鬼から血を分けた――もしくは吸血された被害体、そして第一世代と呼ばれるその被害体同士の間に生まれた子供、
そういう限定的な連中の平均を見れば、おそらくその程度――か、それ以上の結果が出るだろう。
だが、いわゆるところの被害体の平均寿命っていうのは――…下手をすれば、人間よりも短かった。
被害体の大部分は、「吸血鬼」という種に分類されながら、四分の一程度しか吸血鬼の血が流れていない。
…場所が変われば、事情も変わってくるが、地上の被害体の多くはソレ――不安定な吸血鬼の血に肉体も精神も翻弄され、
自壊や自殺、そして暴走によって――ハンターに討伐される、といった事情によって、その多くが天寿を全うすることなくその生涯を閉じていた。
だから――
「(…ありがたいよーな…申し訳ないような……)」
被害体を率いて、純血統に反旗を翻した俺。
理性的に、交渉の場を設けて、対話での解決――なんて毛ほども考えず、
武力を以てヴァンピールの存在を示した――…だけに、多くの同胞が戦いの犠牲になった。
…一応、ボランティア活動的なことで、俺は被害体たちの生活水準向上に一役買っていた。
それは事実――とはいえ、多くの同胞を犠牲にした――被害体から家族を奪ったこともまた事実。
…挙句、それだけの犠牲を出しておきながら俺が出した結果は「敗北」だった。
…ババアの思惑通りで、最終的に被害体の生活水準――どころか、身の安全を保証される「結果」にはなった。
が、俺の選択によって生まれた犠牲は未来につながる尊いものだったのか――必要なものだったのか――
…間違いなく、その不満はすべてのヴァンピールの胸に生じた憎しみだろう。
家族や友人――愛する者を喪った怒りと悲しみを、そんな感情を抱くに至った原因として、その全てをぶつけられることは因果応報――当然だ。
だからそれは、俺が受け止めるべきものと覚悟を決め、俺はヴァンピールと名乗った同胞たち――と、その子供たちの前に立った。
如何ほどの非難、罵倒――そして憎悪を向けられるのかと、恐怖のような感情を覚えながら。
……だってのに、
「(救世主――………ねぇ……)」
実際に、あの戦いに加わったヤツがほぼいなかった――以前に、
あの戦いによって誰かを喪った当事者さえほぼいなかった――せいなのか、俺に憎しみを向けるヤツも、非難するヤツさえいなかった。
…まぁ、そういうヤツらはそもあの場にいなかった――…のかもしれないが。
多くの島民が、俺に感謝の言葉をくれた。
あなたが旗を上げてくれたおかげで、私たちは笑って暮らせている――
悲しみはあったけれど、今はその倍幸せを噛みしめている――
被害体のために、自分の全てをなげうってくれた優しさを知っている――
…どれもこれも、出した犠牲に見合った勝利を返すことができなかった頭領にはすぎる感謝ばかりだったが――
…それを、独り善がりな感傷で「そんなことは」と撥ね付けることはできなかった。
出した犠牲がが、俺の考えが、どうであれ――彼らの言葉を否定するということは、
犠牲になった――いや、俺を信じて共に戦ってくれた同胞たちの意思を否定することと同義。
…それだけは、彼らの命を預かった頭領として、するわけにはいけなかった。
誰だって、憎まれ役になんぞなりたくないもの――だが、俺はきっと憎まれたかったんだろう。
憎まれて、否定されることで、それが罰になり、それを受けることで贖罪になると――…心のどこかで、思っていたんだろう。
だから――…そういう意味では、島民の反応は、俺にとってある意味――より苦しみが増すモノだった。
楽し気に島の特産品だとオリーブやらレモンやらを見せてくれる女の笑みが――つらい。
大きなマグロが釣れたこともあると自慢げに語る男の笑い顔が――苦しい。
ホテルにやってくる純血統からもよくしてもらっていると穏やかに語る老人の微笑みが――切ない。
そして、過去も知らず今を生きる子供たちの笑顔が――なによりきつい。
それは――…俺が、お前たちに与えたものじゃ、与えることができた幸せじゃ、ねーんだよ……。
100年の時を経て、世界は随分と優しいものになった――らしい。
…いつかの時代なら、同胞たちは俺が想像した通りの反応をしただろうに――今はコレだ。
一体何があったやら――………ああ…もしかすると――。
「巡り巡って――…てか……?」
俺が出した犠牲――よりも、80年前の大災害で出た犠牲の方が大きかった、のかもしれない。
イタリアという国自体の存続にまで影響を及ぼした大地震――に、大魔孔の暴発。
その二つが同時に起きた――…となれば、その被害は考えるまでもなく多大なものだったはず。
…その悲しみに、100年前の犠牲が塗りつぶされた――…可能性は、なくはないだろう。
紅黒双子の置き土産――…いや、とんでもなく性質の悪い偶然に、酷い頭痛に襲われる。
その一件に、1ミリも関わっていない――とはいえ、何も思うところがないわけじゃない。相手が麒麟の神子だけに。
…ほんの少し、ほんの少しだが――…あの時、アイツの下についていたなら――…とは思う。
…もっと犠牲を減らせた、冬輝が狂うこともなかった――夏希が天寿を全うできたんじゃないか、と――。
「………」
今更後悔しても意味がない――というか、仮に俺が「俺」に忠告したところで、「俺」は俺と同じ顛末をたどるだろう。
…さすがに、大災害の被害――数字を見せれば、ものすんげー苦い顔しながら忠告通りにしそうだが……
…そういう実害を見せない限り、おそらく応じないだろう。
…なにぶん、あの時点で「俺」は諦めていた――犠牲を払うことの「覚悟」を決めていた。
既に生まれていた犠牲に報いるためにも、前に進み続けなくちゃならない――
…責任感からなる義務感、ある種の強迫観念に囚われていた――…ように思う。
…まぁ、冷静になって初めて気づいたこと、なんだが……。
窓から見える西の海に、オレンジ色の夕日がゆっくり沈んでいく――
…未だに、夕暮れは憂鬱なモンだな…。
夜に全盛を迎える吸血鬼にとって、夕暮れは人間でいうところの夜明けにあたる。
夜は必ず明けるもの、登らぬ太陽はない――と、夜明けは人間にとって好ましいもの。
だから当然、吸血鬼にとって夕暮れは同じく好ましいもの――…なんだが、それだけに俺にとっては、あまり好ましいモンじゃあなかった。
誰かに死が訪れる戦いがはじまる――…その前兆、みたいなモンだったから…な。
個人的に、戦いっていうのは――嫌いじゃあない。
いや、寧ろ好きだと言っていいだろう――俺一人が戦う分には。
命を懸け、互いにソレを削りあう――そのスリルと痛みは血が沸き立つほどに愉しい。
本能に任せて欲求を押し通す――吸血鬼としての傲慢を謳歌する感覚は、俺にとってなににも勝る快感だった。
…ただそこに、誰かの命が関われば――…興醒め通り越して憂鬱、なモンに一変するワケだが…。
たった一人、誰もいない島で大魔孔に突っ込む――方が、ある意味で楽だ。
…とはいえ、いつかの戦いを思えば、今回はかなり気楽――…いや、精神的に楽な戦いだ。
なにせ俺の後ろで戦うのは、俺が認め、信頼する戦士ばかり――
――誰かのために傷ついたとしても、誰かのために死んだりはしない強者たちだ。
…我ながら、なんとも甘っちょろい話ではあるが、
誰かが死んで気持ちのいいヤツなんぞいないだろう――…ぶっ飛んだ連中はともかくとして。
「寝ているオオカミを起こすな――…か」
…まぁ、起こされた――…わけじゃねーんだが。
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