ここは何処か――ここは世界最強の魔法学校と呼ばれる【クァルトゥム魔法学校】。
魔法の三大流派が共同出資して、【西方灰境機関】手動の元設立された、受け入れの水準の低い――
――悪く言えば雑多、良く言えば多様性を持つ、「魔法学校」としては特異な学校だ。
…まぁ、なによりこの学校が有力なのは裏理事長――として、真祖さまが口出ししてるからなんんだけどね。
約束された「才能」を持たない――血統が悪い、一般の出、な生徒が多いけれど、黒と白の一族が監督役として実権を握り、
有能な教師と、長い歴史の中で改新を続けた多様なカリキュラム――によって、
クァルトゥム魔法学校は歴史の古い名門校押しのけ「最強」の名を冠している。
…そもそもは「凡才の掃き溜め」として開校されたのにね。
元は非才の受け口――優秀な魔法使いを集中的に育てるために、
篩い落とした余計な存在の就学をまかなうために開校されたクァルトゥム魔法学校――は、未だにその在り方を変えてはいない。
血統の良い魔法使いの家の出の子供はほぼほぼすべて各家の流派の名門に流れ、クァルトゥムに入学するのは残った子供。
もし良家から子供が流れてくるとすれば――それはよっぽどの出来損ないか、相当当人の我が強いかの二択。
入学先は子供ではなく親が決めるもの――っていうのが魔法使いにとっては常識、だからねぇ…。
古き名門を表風に表現するなら――セレブ校。マイナーな専門校を表現するなら――エリート校。
そしてクァルトゥムを表風に言うなら――平凡なマンモス校。
…マンモス校の時点で平凡じゃないけど、一般的な――専門分野を持たない学校、って表現。
…ただそれは雰囲気に限った話で、クァルトゥムにも専攻学科はあるけどね?
魔法学校としては群を抜いて、飛び切りのマンモス校であるクァルトゥムは、その校舎――はもちろんのこと、敷地というのも広い。
子供の足でその端から端まで歩こうものなら3〜4時間はかかる――平坦、ならね。
森含み、川含み、丘やらまで含むクァルトゥムの敷地は本当に広大――…だけれど、その全てを有用に活用できているかといえば、そうでもない。
遊ばせている――「自然保護」にしか役立っていない場所もある。
…っていうか、校舎からそもそも出ないんだよね。実地訓練――飛行訓練でもない限り。
校舎から、およそ4kmほど離れた森の中――に、ポツリと建っているのは森になじむ木造の小屋。
校舎から真面目に歩けば1時間強かかる場所――だけれど、魔法を使った機動力があれば、その距離はさほど遠いものじゃない。
――ただ、見つけられるかは当人の才能次第だけど。
「なんですかぁー…。
シュテル先生は連日の徹夜でぇー――…生きてるが不思議なくらい消耗してるんですけどォー」
小屋の中に足を踏み入れる――と、その中は書類やら本やらが散乱し、なんの栄養剤やらゴミまでもがあちこちに放置されている始末。
挙句、ソファーの上には死体が――と勘違いしてしまうほどに顔色の悪いシュテル。
…当人の主張通り、魔孔の調査に全力を尽くしていた――んだろう。
「……なんで報せなかったの」
「……………聞くまでも……ない、でしょぉー……」
「…」
俺がフェガリについて行くことを決めた――いや、フェガリが復活する前からすでに魔孔の暴走について知っていただろうシュテル。
なのにシュテルは俺に対してその情報を1ミリたりとも漏らさなかった。
…まぁ、顔を合わせる時間も少なかった…んだけどさ。澪理にかまってたから。
魔孔の問題は間違いなく犠牲――最悪の場合には死者を出す可能性を孕んでいる。
…とはいえ相手は他人に興味のないシュテル――だけれど、頼まれ仕事となれば、シュテルはきっちりと報酬分だけ取り組み、相応の成果を上げる。
そして、楽に成果を上げる手段――を見つけることに余念がない。そして何事、大体の最適解――一番手っ取り早いは、獣神を利用すること。
…なのに、それをしなかったということは――…誰かにそれを止められたから、だろう。
「……最終的に、Xデーってヤツに目星はついたの…」
「…ついた……よぉ〜…。………ま…ついたところで――…規模は変わんないんだけど…さぁー…」
「…規模は、どーでもいいんだよ――…時間さえ分かれば対処できる程度でしょ。何所も」
「…」
「問題はココと――…いや、ウチはまぁこの際いいとして………も……ココが、なぁ……」
問題が起きるタイミングが分かれば、それに向けて対策も立てられる。
だから多少戦力に不安があったとしても、ちゃんと対策を練って、それに向けての準備をすれば、なんとかできる――はず。
…でも、白ノ揺籠島とクァルトゥム魔法学校は魔孔の規模が違う。
他所の魔孔が一つだとすれば、ウチとココはその倍――…単純に考えて二倍の魔物が噴き出す可能性がある、ということ。
…変な話、白ノ揺籠島は仮に死者が出ても、獣神からすれば大した問題じゃないけど――
「…ルー、の…心配、も…尤もな規模……だけど、…ココに、何人神子サマがいらっしゃるかご存じでございますぅー…?」
「………は?」
「…帰って来るなり契約、結びまくってねぇー……。…そこに魔孔のハナシが出た――…からさぁー……」
「ぅわぁ………もう既に古傷…抉られてるの……?」
想像も、していなかった現実に、思わずげっそりしながら聞き返す――と、
シュテルは俺から目をそらして「そうなんじゃないの…」と、絵に描いたような苦笑いを浮かべ、俺の予想を肯定した。
…ココの、戦力的な不安は大体綺麗に吹き飛んだ――けれど、
それとは違う――というかより面倒くさい不安に発展してしまった――…気がする。
…死傷者うんぬんより傷は浅いかもしれないけれど、神子が傷を負うのは――……今の澪理には致命傷だ。…精神的な。
「…後方にって言って引っ込む子じゃないし…ねぇ………」
「…それで済むなら、こんな悩まないよぉー……。…色んな意味で」
自嘲交じりの苦笑いを浮かべ言うシュテル――に、思わず「そだね…」と…同調してしまった。
独り善がりで、利のない澪理の自分ルール――は、それに振り回されるしかない立場の眷属にとっては面倒くさいでしかない。
…でも、その独り善がりで、利のないルール――というのが、澪理の魅力でもあって。
矜持を失った澪理というのは、仕える上司としては苦労のない、楽なモノだろう――けれど、その分ついて行く価値も、意義も失われているだろう。
…強く眩く輝いていたからこそ、澪理が失った輝きは多大――
――なのに眷属の澪理に対する期待値は、自分の神子に対するソレより高い。
それこそ、身勝手な期待の押し付けで、それによって澪理の心が折れてしまう可能性だってある――
…けど、過去に見たカリスマは、紛うこと無き麒麟の神子のモノだった。
あれは失われたんじゃなく、ただ薄れてしまっただけ、忘れてしまっただけだから――。
…いつか必ず、麒麟の神子は帰ってくる――と、俺はそう信じている。
………うん、信じてる。信じてるけど――…どーにも、失われたモノ…が、大きすぎた。
「(…かといって、俺がここに残ったところで――…どうこうできる問題じゃないだろうけど……)」
物わかりのいいフェガリor強靭な肉体を持つシュテル――が、俺の神子として機能していたなら、俺がココに留まる価値はある。
でも、神子のいない俺じゃ、体力面に問題を抱える従者と俺じゃあ――価値は限りなく薄い。
戦闘経験が浅いとはいえ、望み望まれ契約を結んだ神子――を、半端な獣神と神子が「助ける」なんてできるわけがない。
…神子の経験値っていうのはウチの方が上だけど、…獣神の経験は圧倒的に俺の方が劣ってるし…。
起きえないことを前提に、想像を重ねたって仕方がない。
前提が破綻している以上、その想像はすべてが「もしも」の上の妄想――まったくもって建設的な頭の使い方じゃない。
こんな、しようのないことに思考を割くくらいなら、もっと建設的な――前向きな方向に頭を回した方が、ずっとずっと有意義。
…なんて、そんな簡単に頭を切り替えられるなら、そもそも――ココに来てすらないっての。
「……とりあえず、やれることは全部やる――…単純に、あの子のこと泣かせたくないし…」
こちらをおもんばかって――じゃあなく、おそらく本心なんだろう台詞を言うシュテル。
その根源はどこにあるのか――…と、考えてしまうと色々と面倒だから、あえてここは色々考えないことにする。
根源どうあれ、頭の切れるシュテルが普段は出さない全力を出すと言ってくれた。
今は、それだけでも十分ありがたい――シュテルの本気だけで、ここの教師の意識は改められるだろうからね。
「俺も……俺たちも頑張るけど――…そっちも、頑張ってよ?」
「……ん?」
「…別に、さ?島民がどーなろうと、俺にはかんけーない――…んだけど、
…それに一喜一憂通り越して、しばーらく使い物にならないくらい悲しむヤツ、いるでしょ――…そっちに」
「ぁ、ぁあー……」
若干の呆れを含ませシュテルが言う――のは、おそらくリムのこと。
言葉遣いが乱暴で、短気な上に血の気も多いリム――だけれど、その性根っていうのは心優しい少女のソレ。
見ず知らずの、遠い異国の誰かの死ですら心を痛めるリムなんだから、ヴァンピールが犠牲になったら――
…うん、シュテルが言った通りの惨状になる、だろうねぇ…。
――とはいえ、俺がリムの心配事に対して、細心の注意を払う必要はおそらくない。
リムのことは、あの場にいる全員が分かっていること――…特にヴィーはリムのこと大事に思ってるからね。
そうならないように策を――…講じられたらシュテルも心配しないのか…。
「ヴィーは脳筋、ジャクリンは昂るとイノシシ――…スィーア姉さんは謙虚が過ぎるし……。
…ニアに関してはわかった上で気にしない――………わかってたけどロクな面子いないね?」
「…」
「…だから、ルーの方からスィーア姉さんに言ってあげてよ――『防衛の指揮はお前が執れ』ってさ」
「…」
平然とした顔で言うシュテル――だけれど、その内心はそれなりに穏やかではないんだろうな、と思う。
意図的に存在を無視した――けれど、その存在を勘定に入れなくてはどうにも回らない現状だけに、
無視したくても無視するわけにはいかなかった――…ワケだから。
涼しい顔をしているけれど、その内心は煮え滾るモノがあるんじゃないだろうか――…当人は否定してたけど…荒れた、からねぇ……。
「……ちょっと、聞ーてんのぉ?」
「…聞いてる――し、ちゃんとスィーアには言っとくよ。…変なところで引っ込み思案発動したら大変なことになるからねぇ…」
「そ――なら、さっさと戻ったら?ココにいたってしょーがないでしょー?」
「…」
尤もなことを、シュテルが言う。
尤も――確かに尤もな意見ではあるけれど、最適解というだけで「はいそうですか」と呑み込める意見じゃない。
そこには個人の感情が絡んで――と、尤もではあるけど、屁理屈に近い言い分を盾に留まるのは、正直獣神としてどうなのか――
――…うん、間違いなく「情けない」って一喝されるね。母様に。
これ以上、獣神として情けない姿をさらすわけにはいかない――…のかもしれないけれど、「なにを今更」と半分開き直っている自分もいる。
獣神としての「経験」ってものを積んでいない俺が、体面やらプライドやらを保ちつつ、スマートに成長できるわけがない。
…もちろん、だからってその辺りを全部まるっとかなぐり捨てて――ってわけにはいかないけど、それを犠牲にしてでもやらなきゃいけないことはある。
…犠牲にして、叶うかはわからないけど…さ。
「はぁー……利子が…利子が……大きすぎるー…」
「…対処できなかったんだからしょーがないでしょ」
「……あー…過去の俺の尾っぽに火ィつけたい…」
「…つけてもツケが増えるだけだと思うけど」
「……」
言い返せない自分が腹立たしい――のではなく、
進歩のない自分に、今まで何もしてこなかった自分――に、呆れと強い頭痛を覚えた。
|