女が笑う――それは、諦めを含んだ自嘲。
一体お前は何を嗤っている?無力で無能な人々を?世界を?それともそんなものを見捨てられない甘い自分自身を?
それとも――己の無力を嘆く「俺」を、か。

 世界のために、自分の全てをなげうっあきらめた――っていうのに、お前の目はどうしてそんなに輝いている?
世界だれかのためなら――なんて、大仰な大義を嫌って、利己的で傲慢な我欲を許容するお前が、
その大義のために犠牲にならなきゃならないっていうのに。
どうして「しょうがない」と笑って――周りおれたち口答えせいしさえ許してくれないんだ!

 

「――代案もないのに『反論』してくるな、って話です」

 

 平然と、いつも通りに笑って、女はとどめを――俺たちから、制止はんろんの余地さえ完全に奪う。
代案――どころか、その犠牲やくめを代わってやることすらできない以上、俺たちに女を止める権利はない。
もう既にことは取り返しのつかないところまで進展してしまっている。
そして十分に、十二分に可能性を模索した末が、この現状けつろんだ――
――彼女一人に、全てを背負わせるという、身勝手で情けない結論はなしが。

 世界を、運命を、そして――無力な周りおれたちを「なぜ」「どうして」と恨んでくれたなら、如何ほど楽だっただろうか。
お前が嘆いてくれたなら、俺たちだって嘆いて、怒りに狂えたのに。
お前が恨んでくれたなら、俺たちだって恨んで、世界を捨てられたのに。
なのにお前は嘆きもしないし、恨みもしない――どころか、自分おまえを犠牲にする世界だれか未来えがおを繋げることを、喜んでいる。

 …ああ、この世界よりずっとずっと残酷なのは案外――…お前の方、かもな。

 

「そーですよ?過去に終わるヒトよりも、未来に続くヒトの方が大変なんです。
だから、気楽に笑って逝く私のことは好きなだけ恨んでください――まぁでも、受け入れて、忘れてしまった方が楽とは思いますけどね?」

 

 確かに、ぶつけようのない怒りうらみを抱えて生きるよりは、「仕方なかった」と受け入れて、恨んだことさえ忘れてしまった方が楽だろう。
なんなら、犠牲になったことさえ忘れてしまってもいい。
お前がいなくなったのは、それがお前の天命――寿命だったから。
事故で、病気で逝ってしまった――けれど精一杯に生きて、天寿を全うした結果――だと、過程を捏造してもいいだろう。

 …ただその生に、一体どんな意味があるというのか――
――事実から目を背け、捏造した過程じじつの上で、何の価値も意義もなく、ただただ無為に過ごす日々に。

 

「まったく、面倒くさいおセンチですねぇ?そんな繊細な心の持ち主じゃないでしょーに。
…大体、死別わかれなんて既にごまんと経験しているでしょう?」

 

 死による別れ――は、吸血鬼おれたちにとってさほど珍しい事じゃない。
特に人間や獣人といった他種族と関わりを持っていれば、寿命の差によってそれは嫌でも経験する――から慣れている。
――だが、他種族よりも寿命の長い吸血鬼だからこそ、同族との別れ――…いや、そういうコトじゃあない。
これはただの、これはただの人間だれかと変わらない――

 

「やめてくださいな。
そんな姿カオを見せられては――…幻滅してしまうではないですか」

 

 ああいっそ、その方がまだ楽だ。
事実から目を背けて、心に毒を抱えながら生きるくらいなら――お前に拒絶されて、心に傷を抱えて生きる方が、ずっとずっと清々する。
世界だれかのために逝くというのなら、俺のために一肌脱ぐ程度――

 

「は?今更何言ってんです?
だれ世界だれのため??耳腐ってんですか?それとも痴呆ボケですか?
再三言ってますけど、私は私のためにしか動きません――し、自分の主義を曲げる気なぞないのです」

 

 虚しさを覚えるくらいに頼もしく、悲しいほどに強く惹かれる不敵な笑みそれ――
――は、いつもと変わらず、暴力的なカリスマかがやきを放っている。

 ああ、意思が溶ける、希望が堕ちる――理性が、忠誠に溺れる。
ほんの少し生き残った冷静さりせいが「ずるい」と非難のような悪態もんくを口にするが――…

 

「私は私の好きに生きていきます――最後の最後まで、ね」

 

 

 ふと、意識が現実に返る。
半ば反射で瞼を持ち上げようとした――が、鉛のように思いまぶたに、その意思はあっさりと折れる。
このままもう一度眠ってしまおうかと思いながら寝返りを打つ――つもりだったが、それができないという事実に、一気に意識が覚醒した。

 一度は持ち上げることを諦めたまぶたをなんとか持ち上げ、現状を確認しよう――にも、目玉くらいしかまともに動いてくれない。
せめて首だけでも動いてくれたなら――なんて謙虚なことを思ったのはものの数秒。
そんなケチな頭でいる必要は、今の俺にはない――というか不要だ。曰く、今に限っては浪費するのが仕事――らしいからな。

 腹に感じる重さちから――に注意を向け、深く息を吐く。
そして重さそれから力を吸い上げる――イメージを頭に描きながら、ゆっくりと息を吸う。
そう――することによって、俺の体に満たされるのは魔力。
それが全身に行き渡っていくのが、実感として認識できるほど――腹のから行き渡る魔力は、濃密かつ純粋なエネルギーちからだった。

 

「……なに…今の……」

 

 全身に行き渡った魔力を燃料に、筋肉痛で行動不能になった体を、
身体強化の術を応用する形で平常な状態に回復させ、起き上がる――
――と、腹の上に乗っていた白狼(子狼版)が酷く真剣な表情で俺を見る。
魔力を吸い上げていたのは俺――のはずだが、どういうわけやら余計なものが逆流したらしい。
…もしかすると、不具合バグじゃあなく、どっかのババアか、どっかのイタズラ獏の仕業、かもしれない――が。

 

「…しらねーよ」

 

 今さっき、俺が眠っている間に見ていたモノ――が、「夢か現実かなんなのか」なんざ俺にはわからない。
あれはただの記憶じょうほう整理のためのプロセスだったのか、
それともいつか訪れる未来を見る予知夢というやつだったのか、それとも――「俺」の過去きおくだったのか。
仮説はいくらか立てられる――が、俺ができるのはそこまでだった。

 あの光景は、俺の記憶の中にはない――が、そもそも夢ってのは、誇張なく「なんでもあり」だ。
てかそもそも意味があるんだかさえ微妙なモノの解析なんぞ、
その分野のヤツでさえ容易に――どころか、「完璧」にすらできないこと。
なんだから、ど素人の俺に解析それができないのは当たり前のハナシだろう――ってのに、

 

「………」

 

 怪訝――通り越して不機嫌、といった風の白狼。
何が気に入らん――のかなんぞ、俺にはわかるわけもなかった。

 俺は間違いくな今、白狼ノ神の神子ではある――が、
あくまで契約コレは、お互いに「やむを得ない事情」があって初めて成立している契約かんけいだ。
利害が一致しているから成立する協力関係――である以上、それ以上の関係きょうりょくは必要ない。
まして気遣いなんぞ――

 

「…………」

「……」

 

 しばらく俺を睨んでいた白狼――だったが、俺から答えも情報も得られないとわかったのか、不意にため息と吐きながら顔を下げる。
そしてしばらくの間、じっと沈黙を保っていた――が、急に落ち着きなく尻尾やら耳やら頭やらが、ちょこまかと動き出した。

 

「………降りろよ」

「………………………それどころじゃない……」

「……なんの、心配してんだ。魔孔の暴走程度、あのババアにとっちゃトラブルですらねーだろ。
…それに、態々あそこから人間界にちょっかい出しに行く――…つか進出目論むアホなんざいねーだろ、ふつー」

「………だろー…けど、ね?
…そんな安全なところに、真祖さまが愛弟子オモチャを置いておくワケない――…んだよ、俺の記憶けいけん上」

「…」

「絶対……絶対真祖さま…!澪理のトラウマ抉る気だァ………!!」

 

 心配しているようで、不安を漏らしているような――泣き言の様なセリフ、は、どうやらババアに対する不満もんくが大きな割合を占めているらしい。
心配、不安、不満――自分の身にまとわりつく不快感を払うように、白狼は俺の膝の上で大きくブルルと体を震わせる。
だがその程度じゃあ全身にまとわりつく不快なものを振り払えなかったようで、白狼は酷く煩わしそうにわしゃわしゃと後ろ足で自分の首を掻きはじめた。

 ババアの発言から湧いたストレスが、不快感となって全身にまとわりつく感覚――というのには、残念ながら俺にも覚えがある。
知っているからこそ共感して、同情してしまう――ということもあるが、コイツの姿コトを哀れと思ってしまったのは――なにより、コイツの姿が原因だろう。

 

「ぐぅぅぅぅぅ〜……!!」

 

 両手を使い、その子狼のちいさな体を無遠慮にわしゃわしゃと撫でる――
――と、白狼は苦しげに、かつ不満を吹き出しながら、なんとも言えない唸り声を漏らす。
…が、俺の膝の上から――も、手からさえも、逃れようとはしなかった。

 獣の姿をとる獣神コイツらは、その種族すがたに応じた能力ちからを得る――と同時に、良くも悪くもその特徴というのも引き継いでしまう。
感情の揺れを悟られたくない――のに、どうにも尾っぽが揺れる、とかいった具合に。
んで今コイツが格闘しているのは――

 

「おいおいどうした白狼ノ神サマよ〜?尾っぽがまーるで生まれたての小鹿の様じゃあねーかぁ〜。
気持ちいいツラいなら、素直になっちまったらどーだァ?そうすりゃあ――もっと不愉快さいこうな気持ちにしてやるぞ〜?」

「くぬぬぬ……!フェ〜〜ガ〜〜リぃいいィい゛〜〜〜〜…!!」

 

 犬、というのは、主人に体を撫でられる――と、ストレスが若干軽減するらしい。
…まぁこれは犬に限らず、大体の動物にいえること――ではあるんだが。

 ――とにもかくにも、白狼が今耐えているのは、俺の手が、というか俺に撫でられている、という状態が心地いい――という事実を認めること。
気高き白狼が、主人でもみとめていない神子ヤツに撫でられて心地いいよろこぶ――なんざ、プライドの高い白狼コイツにとって屈辱以外のなんでもないだろう。
だろう――が、そんな事情ことは俺には関係なかった。

 

「ほ〜れほ〜れ〜不快なおかゆいところはございませんか〜〜」

「ぬぁああぁ゛ああ゛〜〜〜〜〜……!!!」

「コレが嫌ならいつでも止めてやるからなー?」

「くぅぬぬぬぅ〜〜……!!」

 

 嫌ならやめる――と言っているにもかかわらず、白狼の口から出てくるのは不満に満ちた唸り声。
――とか言いつつ、コイツが唸っている理由――不興を買っている理由ってのは理解している。
つか、分かっている――からこそ、あの善意セリフだった。

 

「…」

「………」

 

 くぬぬ、ぐぬぬと唸り続けた白狼――が、ふとしたところでピタリとそれを止める。
くたと全身から力を抜き、さっきまで必死に動かすことを堪えていた尾っぽを、何か諦めたような様子で力なくふさりふさりと揺らしはじめた。

 

「いいのか」

「……いいんだよ…今、獣神おれが一番必要とされてる場所はここ、…だから、ねぇー……」

 

 なにか、諦めたような様子でここに残ることを、麒麟の元神子の元へ向かうことをやめた白狼。
もしコイツがここを離れると、麒麟の元へ行くと言った――としても、俺にそれを止めるつもりも、コイツを引き留めるつもりもなかった。

 魔孔を塞ぐ――以前に、魔孔の暴発の鎮静やら後始末やら、
たったそれだけのことでも、この島にる戦力だけで問題コトを最小の被害で解決できるか――は、正直微妙なところ。
だっていうのに、ここで切り札とも言える白狼ノ神コイツが離脱するとなったら――
…ヴォルスなり、オリナ兄なり――最悪ババアになり、援軍の要請をしなけりゃ、どうにもならないだろう。

 よそに回す戦力はない――ことはわかっている。
わかっちゃいる――が、だとしても俺が頭を下げてまでコイツを引き留めるのはなにか違う。
コイツに対して頭を下げるのが癪、という気持ちはもちろんある。
それは当然の感情コト――ではあるが、それだけがコイツを引き留めない理由じゃあない。
俺が心配なひきとめないのは――

 

「……優先順位、間違えんなよ」

「…その心配は無用だよ――…そうなったら魔法学校クァルトゥムが焦土と化すだけだから」

「は?!な、てッ――今すぐ向かってくださるー?!」

 

 心配無用と言いながら、思い出深き学び舎ぼこうが廃校――というか更地になる可能性まで持ち出した白狼。

 自分にとって大切な場所――である以前に、クァルトゥム魔法学校には多くの人間、
そして吸血鬼やら獣人やら――とにかく多種の、そして未来ある若い命が集まっている。
空の校舎が焦土と化す――だけなら、思い出に穴が開く程度で済むが、そこに多くの命が集っていたのなら――

 

「…最悪、だよ。…99%、そんなことにはならないよ――…一応、クァルトゥムは最強の・・・魔法学校なんだから、さ?」

「っ………ま、まぁ…たかだか魔物魔獣が湧いた程度で落ちるような、ヤワな教師どもがっこじゃねーが……」

「だから澪理が――…麒麟の神子が死ぬことはない。
…ない――……けどね、……心が折れるしぬ可能性は…さ……」

「………そんなに、次代の麒麟の神子は弱い・・――のかよ」

「………………………夏希様と比べたら――…ずっと弱いよ…」

「………それはなんつーか……比較対象が悪い、気もするな…」

「…まぁ…麒麟は麒麟でも、初代ましろさまと二代目こんごうさまの、だからねぇ…。
確かに比較対象が悪い……というか比較しても意味がない、…のかもしれないけど…」

 

 俺が活動していた当時に、麒麟ノ神と呼ばれていた存在かみは――もう、いない。
自身が惚れた存在みこの生に、最後まで寄り添った――が故に。
だから、俺の知る「麒麟ノ神」はもうこの世界には存在しない――が、この世界から「麒麟ノ神」という獣神かみが居なくなったわけじゃあなかった。

 いつかに麒麟ノ神ましろさま子神けんぞくとして、その神子の式神つかいまとして行動を共にしていた金剛様――
――が、新たな「麒麟ノ神」としてその役割を負っている――らしい。
同じ「麒麟」であっても、真白様と金剛さまはまったく別のそんざい
となれば当然、その好みは違う――以上、神子に求められる資質モノは違って当然。
たとえ夏希せんだいよりも弱くとも、別の何かが秀でていれば――金剛様の好みに合致していれば、ただそれだけでいいんだろう。
夏希アレの子孫、ってーわけじゃないらしいし…な。

 

「……犠牲的あのとおり――…なのか?」

「………………はぁ……そう、だね……あの通りの、傲慢で強欲な――他人にだれ優しいみすてられない子だよ…」

「…それは……なん、つーか……」

 

 俺の知る麒麟の神子は、経営者としては強欲だった――が、個人としては比較的無欲で、謙虚な性格じんかくだった。
だからこそ、アイツは組織の頂点として優秀だった。謙虚で、無欲だったからこそ――無茶をしない、無理をしない。
だから――失敗をしない、優秀な当主トップだった。

 指揮官として、組織の発展と資産の充足は、何より優先するべき責務――ではあるが、それに目がくらんで破綻しっぱいしちゃあ元も子もない。
だから優秀な指揮官トップってのは――大きな失敗をしない。
大きな組織モノを抱えているからこそ、安易な判断は、軽率な行動は許されない――から、大きな失敗を犯す確率が低い。
そうして失敗を避けるために、確実に成功するために――多くを望まず、そして必ずなにかを諦めている。
しかしそれが、利口ゆうしゅう経営者トップというモノ――…ではあるが、「失敗を避けるためになにかを諦める」ってのは、臆病だとも、小心者だとも言えた。

 …ただそれを、非難するつもり――というか権利が俺にはない。
なにせ俺自身が強いて言えば「優秀りこうなトップ」ってヤツだった――…からな。

 

「………さすがに…あそこまで切迫した状況にはならないと思うけど…………」

「……そもそも足りてない――…追いついてない、ってか?」

「それは……どう、だろうね――…アレが、澪理と同じモノなら………、…なにも、根底ありかたは変わってない――…はず、なんだよ。
…ただそれを、どういう過程で自覚したか――が、性格とか人格の差として出るだろうけど……それも誤差範囲の内だろうし…」

「……」

「…ほら、アレだよ。『バカは死んでも治らない』――ってヤツ」

「……………麒麟じょうしの神子をバカ呼ばわりかよ…」

「それは大丈夫。本人も、金剛様――暁様も、それは認めてるから。
――というか、バカそれが澪理のカリスマみりょくのひとつでもあるし」

 

 平然と、麒麟じょうしの神子をバカと言い、あまつそれが魅力だとさえ言った白狼。
上司――である以前に最上位――至上の獣神かみである麒麟ノ神しおう愛し子みこを貶すなんざ、直轄の八双ぶかでも許されたモンじゃない――
…だろうに、どうやら本当に誰しもが認める――魅力バカ、らしい。

 

「…………大真面目に――夏希アイツとは別モン、だな…」