豊かなイタリアの海に抱かれた、温暖で穏やかな気候の――クッラビアンコ島。
島という土地の性質上、人間が暮らせる面積というのはそれほど広くはない。
けれどそれでも、小さなこの孤島には1400人程の島民が生活している。
そしてその島民が吸血鬼――で、総数の九割以上を占めているのが過去に新派と名乗った被害体吸血鬼たちで、
他一割にも満たない少数の旧派が彼らを統治し、島を守っている。
白ノ始祖によって拓かれた、吸血鬼による、吸血鬼のための島――それが白の揺り籠島だった。
俺たちが乗っていた船が停泊したのは、とても近代的とは言えない、古臭くて田舎臭い――でも懐かしくて優しい雰囲気の小さな港。
船を降り、主さまから案内役を任された志季のあとを追って――港の奥にある町を目指して歩く。
っと言っても、数分も歩けばそこは町。港と同じ雰囲気の、前時代的で文明の発展の影が見えない――けれど趣のある牧歌的な町に到着する。
そんなのどかな田舎町――を、フェガリは強烈な不安と罪悪感を感じながらもその影を一切見せず、平然としている風、で進んでいた。
移動に移動を重ね、時刻は既に正午過ぎ――だけれど、太陽はまだまだ高い位置にある。
純血統、そして血統の良い被害体であれば、燦々と照り付けるイタリアの太陽であろうと屁でもない。
でも、そうじゃない被害体にとって、太陽は光はただあるだけで死の影を落とす忌まわしい存在――
――…だから、「昼食も済ませて、さぁもう一仕事!」ってな時間帯なのに、町に人の気配はなく、閑散としている。
……まぁ、一番の理由は住民のほとんどが出稼ぎに出てるから――なんだけど。
「………田舎…にしても…――不用心、過ぎねーか…?」
「……それだけ治安がいいんだよ」
「コミュニティが狭いだけに、犯人捜しは容易――
――…である以上に、居場所を追われる事に見合ったリターンがない、ですから」
「……」
多くの吸血鬼に、水の上を歩く能力はない――っていうか、純血統でも能力はない。魔法を使えばできるけど。
でももしそれを、全ての吸血鬼ができた――としても、この島からイタリア本土へ渡る、なんてのは血統の良い吸血鬼でなければ無理だろう。
……一応、歩けない、走れない距離ではない――けど、さすがに「休憩なし」っていうのは現実的じゃないからねぇ…。
――だから、島っていうのは、手を加えなくても上等な「牢獄」になる。
連れて来られたが最後、死んでも故郷に帰れない――墓所に。
俗世から隔絶され、脱出の手を伸ばすことすら誰もできはしない――絶海故に絶対の牢獄。
逃れる術を持っているのであれば、そも牢獄に囚われることはない――
――…ただその場合、生きているかは保障できないけどね。
人気のない町を、奥へ奥へと進んで行く――と、町の一番奥に建てられた教会にたどり着く。
吸血鬼ばかりが暮らす島に、神の子を祀る教会がある――わけなくて、これは白狼ノ神を祀る神殿だ。
始祖・ミシェルに力を与え、吸血鬼という種族に揺るぎない地位と繁栄をもたらした――白狼ノ神。
その存在は、吸血鬼にとっては氏神のような存在で、特に純血統の吸血鬼たちの間で勝利と繁栄、そして家族円満――から、
なぜか縁結びに五穀豊穣、果てには交通安全までご利益のある「神様」として、白狼ノ神は篤く信仰されている。
…ただ正直…最後3つは専門外――…なんだけど、ね?でもどーゆーわけだか、そこも担ってると思われてるんだよねぇ……。
…まぁ、ある程度――そこらの神仏程度のご利益は与えられるけどさ?
ほぼ、被害体ばかりが暮らす島に、純血統が信仰する神を祀る教会を建てた――わけじゃない。
というかそもそもこの島は、被害体のための島じゃない。
吸血鬼のため、であることは間違いないけれど――そもそもは、主さまの血を受けた弱い吸血鬼たちのために拓かれた島だった。
…でも、それを――
「フ〜ぅ〜すわぁああ〜〜〜〜――ぁンぐッ!!!」
「あ、ワリぃ」
教会の前に佇んでいた黒のキャソックに身を包んだ男――が、
歓迎と懐古、そして再会の喜びのすべてを全身と顔で表し、フェガリを抱擁で迎え――ようとした。
けど、それをフェガリは当たり前のように、一切の遠慮もなく――ガシッ!と力任せに顔面を鷲掴んで止めていた。
――ただ、一応「悪いことをした」っていう認識はあったらしくて、フェガリは「悪い」と謝罪を口にしながら無遠慮に鷲掴んだ男の顔を開放する。
すると、顔の自由を取り戻した男は少しばかり不機嫌そうに「も〜」と言いながら、
フェガリにぐしゃりと掴まれた自分の顔をさすり――顔が整ったところで、顔を上げた。
「も〜100年ぶりの再会なんだからさ〜。こっちの調子に合わせてよ〜」
「…………」
「ぇ、ちょ、なにその顔っ。え、なに?ウソでしょ??嬉しくないの?嬉しくな――」
「…まずその顔どーにかしろって…」
「ぅん?」
頭が痛い――といった風に、頭を抑えながらフェガリが「顔を」と男に指摘すると、
それを受けた男は「どうゆうこと?」と言いたげに首をかしげる。
そしてそれを受けたフェガリと言えば、相変わらずの男の調子に安堵――よりも
更なる頭痛を覚えたようで、今度は鼻根を抑えて「あ゛ー…」と呻いた。
そんなフェガリと男のやり取り――を時間の無駄と思ったのか、志季が「子供たちが泣きますよ」と問題を告げる。
するとそれでフェガリの言葉に合点がいったらしい男は「ああ〜!」と晴れやかな笑顔――らしき表情を見せると、もう一度顔を手で押さえ――
「ハーイっ、元通り〜」
「………100年経っても進歩しねーなぁ…」
「も〜ちょっとフーさん?オレの肉体は日々劣化してるんだよー?
そこを研究で維持してるんだからさぁ――ちょっとくらい褒めてくれてもいーんじゃないのー?」
「……ハッ、バカ言え。一番に死んじまえって思ってたヤツがわざわざ生き残ってたんだぞ?
…ったく……バカにバカを重ねて、更に盛大に大バカ塗り重ねやがって――…今すぐ速やかに死ねッ!!」
「くふふふ〜〜ん。やだ〜、フーさんったらひっどぉ〜〜いっ」
死なずに在り続けたことを褒めろという男に、フェガリそれをバカと否定して――更に「今すぐ死ね」とまで言った。
でも言われた男はまったくフェガリの言葉を重く受け止めていないようで、
分かりやすく冗談めかして「酷い」――とは言うけど、毛の先ほどすらも落ち込んでいるような風はなかった。
――まぁでも、男の反応は当然と言えば当然。
2人の関係を知らないヤツからすれば――…いや、さっきのは誰が見ても「ツンデレ」ってわかるか…。
――そう、フェガリの男に対する「死ね」は照れ隠し――百年という長い時間を、牢獄で待っていてくれた親友への、
ある意味で最大級の感謝であり、謝罪であり――罪悪感の表れだった。
…そしてこの展開を、この男は見越していた。
自分が存在し続ければ、間違いなくフェガリは心を痛めるとわかっていた――けど、コイツはそれを理解した上で死なかった。
どうしてリタイアしなかったのか――その想像はちょっとはしたけどすぐにやめた。
だってコイツの頭の中、まぁまぁおかしいからね。
俺が想像したところで、正解になんてかすりもしないと思って、ストレートに「なんで」って訊いたら――「死ねとは命令されてない」だとさ。
「………死ねって命令されたけど?」
「っ…!」
「ああ〜そうねぇ〜そだねぇ〜。命令されちゃったねぇ――元同級生に☆」
「………………は?」
「昔はさー?同い年なのにカリスマ全開で、吸血鬼なのにキラッキラ輝いてた男――について行きたーいって思ったけどさー?
年下でがさつでカリスマ皆無の化石にはさすがについて行き――たガッふん!!」
男の台詞を遮った――のは、フェガリの蹴り。
がさつ、カリスマ皆無は全然許容範囲だった――だろうけど、年下とミイラは思い切りよくその遙か向こう。
格下に嫌味を言われたところで、滅多に手を上げなかったフェガリが、部下に手を上げた――…と受けるのは素直過ぎ。
これはあれ、自分で自分が一番認めたくないことを認める――癇癪ってやつ。
「フ…フー…さん…!これ…!こ、れェ…!死ぃーんーじゃーぅう〜〜……!!」
「ア゛?テメェもう死んでんだろ」
「いやっ……そう、だけど――ね…?!
ほらっ…おにーさん…っ…かわいいかわいい子供ちゃんたちのお世話っ…し、しないといけない…わけで、ね…?!」
「あ゛〜?かわいい子供――だァア?テメェ、ふざけんのもいー加減にしろよ。
外道死霊魔術師が可愛いだの世話だの……顎外すぞ、物理で」
「ちょっ?!ホントにやめてって!顎外しやられたら子供たちにトラウマ植え付けちゃうから!!」
「――よし、覚悟ができたらしいな。お前のそーゆー『笑い』に貪欲なとこは気に入って――たぞ」
「え、ちょっ…過去系?!え、待って待って!顎だけじゃなくて魂も外される感じなの?!
ちょっとー!アルファちゃーん!助けてよ〜〜!」
「……ということでストップですフェガリさん」
「あ゛?」
割と本気で男を手にかけるつもりだった――らしくて、それを止めに入った志季を、フェガリは殺気を込めて不機嫌そうに睨む。
かつては数百万の吸血鬼の頂点に立っていた吸血鬼の王の殺気――を受けた志季だけれど、
この志季も志季でかなりの修羅場をかいくぐって、また血にまみれた地獄を見てきたつわもので。
同じ穴の狢だけに、フェガリの殺気をひしひしと感じているだろうにも関わらず、
志季は怯む気配すら見せずに「冗談ではないんです」と面倒そうに男の弁解を肯定した。
「大体全部悪い冗談――信じられないとは思いますが、それも全ては真祖様の意向の上で成った現実、です」
「ッ…〜〜〜!!」
「そーそー、そーなんだよ〜。
死霊魔術師のニアくんは、貧弱モヤシボディの核を真祖サマにめきょーんと摘み取られちゃってねー?
このまま昇天するのかなーって思ってたら、モヤシボディの核が真祖印の魔法石にグレードアップして――
――白狼教会の牧師・ニアお兄さん爆誕☆――ってな運びでオレホントに牧師で孤児院の先生なんだよー?」
「っ、く…!全っ然信じられねェことしか言ってねーのに…――否定、できねェ……!!」
「これもすべては真祖サマパゥワー!――ぁふん!」
笑顔で、っていうかノリノリの調子で頭の痛いことを言う黒のキャソックの男――ニア。
フェガリにとって親友であり、右腕だった――死霊魔術師でリッチのニア――だけに、フェガリの一撃には容赦がない。
苦楽を共にした相棒だから――というのもあるだろうけれど、今回に関しては、ただただニアの調子にイラっとしたんだろう。…うん。分かるけどね?
全部悪い冗談――にわかには信じ難い展開だろうと、そこで真祖さまの存在を持ち出されると、とりあえず「否定」ができなくなる。
「まさか」とすら否定ができないんだから、否定の「芽」なんていうのは存在しない――から、この嘘みたいな事柄を肯定する以外の選択肢がない。
吸血鬼の世界に最初から在り続け、更にその中で常に無敵であり続けた真祖さま――だけに、その全てには疑る余地さえ、ないんだよねぇ…。
…一応、真祖さまの存在を出しただけなら、疑う余地なんていくらでもあるだろうけど、
真祖さまっていう個人を、幼い頃から近く知って、大人になってからは真正面からぶつかったフェガリ――だからこそ、真偽の判断は迅速かつ的確。
たとえ頭の痛い事実だろうと、ブレることなく直通で真実に行き着く――…ホント、賢いって生き難いね?
|