黒ノ始祖レーヴェ・ウェルストスの血を引く純血統の吸血鬼――ヴォルスティオ・アポリオル。
真祖さまにその可能性そしつを見込まれた吸血鬼であり、永久ノ魔女に師事する凄腕の錬金術師――で、かつ魔法楽器職人でもある。

 ――そして、ごく個人的な事情ことを言えば、フェガリ、そしてシュテルの幼馴染みであり、どちらにとってもいいお兄さん――だ。
…俺としても、いいお兄さんそっちとしての方が馴染み深い――から、ちょっと意外だった。
あのヴォルスが、こんなに分かりやすい――表だってぶつりてきな支援をしてくる、とは。

 当初は、フェガリを俺の背に乗せて、2000km近い距離を移動するつもり――だったんだけど、
ヴォルスの支援によってフェガリは悠々と飛行機で移動することになっていた。
…まぁ俺も楽させてもらう形になったからありがたく思ってるんだけど――さ。

 成長を願う存在にこそ手を差し伸べない――はずのヴォルスが、ってなるとなにか腑に落ちない。
それはどうやらフェガリも――みたいだけど、…やっぱり窮地を救われた――そして変わらず自分をフォローしてくれるヴォルスへの感謝の方が大きいらしくて。
ヴォルスの真意を探りもしないで、素直にその支援を受けていた。
…ヴォルスに限って悪意はないと思うけど、作意か他意はあると思うんだよねぇ――…誰に似たんだか職人きょうし気質だからねぇ……。

 

 時速900kmの飛行機に乗れば、海を挟んだ先にある国――イタリアにも2時間強で足を運べる。
科学――物理法則やらといった制約を受ける中、ここまでの技術けっかにたどり着いた人間には、正直なところ感服する。

 「時間の短縮」という名の他力での移動――と言ってしまうと怠惰の極みだけれど、「楽をしたい」という願望は人も神様も関係なく誰しも持っているモノ。
その「楽」のために多くの人間が寝食を忘れ――命を削ってまで作り上げた飛行機ぎじゅつというのは――…
…あれ?なんかこれ、悪魔の乗り物じゃ?たまに事故起こして100人近い人間死なせるし。
――とはいえ、飛行機から生み出される「成果」は数百人の人間の死なんて容易に覆すんだけどさ。人間の進歩は早い――だけに、「時は金なり」だから。

 

 ウェールズの片田舎から、イタリアはシチリア島へ移動したフェガリ――と俺。
空港からはイギリスいきと同じく俺の背に乗って――じゃあなく車での移動だった。
真昼にその移動おれは人目につく――とかいうわけじゃなく、主さまが気を利かせてくれたから。…いや、正しくは主さまの依代うつわが面倒を嫌って――かな。
裏世界の住人の本拠地あのばに、いきなり知らない顔が尋ねてきたら――間違いなく色々と面倒になって当然、だからねぇ…。

 車に揺られて一時間にもならない程度――で、目的地に到着する。
街の一等地――からは少し離れたところにある、広大な敷地を持ったお屋敷は、現代的な豪邸――ではなく、洋館然とした趣のある外観で。
古くから続く有力者の屋敷――といった風で、実際その通り。
良くも悪くも、この街の発展と衰退に関わってきた――いわゆる「マフィア」の首領ドンのお屋敷だ。

 屋敷と外界を隔てる門を抜け、屋敷の前につけられた車から降りれば――ピシリと黒のスーツを着こなした精悍な顔つきの男たちがフェガリを出迎える。
普通の人間であれば、その凄みにたじろぐ――ところだろうけれど、そこは人間を喰い物にする吸血鬼のフェガリ。
たとえ並の人間程度の力がない状態――でも、人の威嚇程度はわけもないらしい。……この黒服と殴り合ったらフェガリ、勝てんのかな?

 ――なんて、物騒なことを考えている――と、不意にフェガリの視線が刺さる。……ホントにお前は目聡いね――無駄に。

 

 事務的に――というよりは、こちらを警戒して「避けている」といった感じの黒服の男たちに案内され、やってきたのは――よく知っている部屋。
ウン百年と昔、主さまに連れられて母様と一緒に同席した――ファミリーのボスと幹部たちが一堂に会す、特別な会合に使用される部屋。
…ただ、今は特別な会議や、同盟ファミリーとの会合にも使っているらしいけどね。

 そんな、由緒正しい部屋でフェガリを待っていたのは、スモーキーブルーの髪と左目を隠す眼帯が特徴的な――中性的な印象の女性。
フェガリ――と、俺に敬意を払っているらしい彼女はすくと立ち上がると静かに会釈をして――案内役だった黒服たちに下がるように言う。
そして男たちが下がったところで――態度を一変させ、悠々とした動きで椅子に腰かけ――ニヤと笑った。

 

「久しぶりねぇ――子犬クッチョロちゃん?」

 

 ざわと、冷気が奔った――その次の瞬間には、スモーキーブルーの彼女の姿はなく、
その代わりに居たのはフロスティブルーの長い髪を指に絡め遊ぶ妖艶な女性。
懐かしく、そして会いたかったそのヒト――会えたことがどうにもこうにも嬉しくて、辛抱堪らずパタパタと――子狼いつかの姿に戻って駆けよれば、
白銀の彼女――白ノ始祖・ミシェル様は「あらあら」と呆れたような言葉を口したけれど、優しく俺を抱き上げてくれた。

 

「…まさかアンタが、まだ居る・・・・とは――…な」

「ふふっ、まぁ仕方ないじゃない?器が死んでない・・・・・・・――上に、現役なんだもの」

「……」

「ふふふ、いいのよ?気が狂っていると、罵ってくれても」

「んなモン…今更、だろ……」

「――ま、それもそうねぇ」

 

 俺の頭を撫でながら、主さまは愉しげに笑う。
自分のを嗤っているのか、それともを憐れんでいるフェガリを嗤っているのか――まぁ正直なところ、どっちでもいい。
主さまが愉しげで、いつかみたいに優しく俺を撫でてくれている――から、あとは大体どうでもいい。うん。

 

「――それで?子犬クッチョロちゃんは前任センパイに何用かしら?」

「…わざわざ言わなくともわかってんだろ…」

「ぅん〜?わからないわねぇー…――薄情な駄犬の考えなんぞ」

「……」

「――ふふっ、今更説教なんてしないわよ。
アンタの選択・・は褒められたモノじゃなかったけど、その行動自体は買ってたし――ね」

「……だから止めなかった…――ってのか…」

「ふふっ…♪そう――じゃない、のよねぇ〜これがぁ――正しくは、次代おまえに『任せた』、の」

「――」

 

 上級じゅんけっとう低級ひがいたいの格差――は、主さまが生きていた・・・・・時から大きな問題かだいとして、その解決に取り組んでいた。
いつかの主さまも、ここまでの大きな問題になるとは思っていなかっただろうけど、主さまが無為に増やした眷属たち――が、引き起こしたことは事実。
ならその根源げんいん白ノ始祖あるじさま――と、言えなくもない。そして主さまもそう思っているんだろう――…賢狼、だからねぇ…。

 

「――そういう意味では、私もお前に『任せた』――のですが」

「わっ…?!か、母様っ…?!」

「ふふっ、ルーのことは仕方ない・・・・わよ。それともなに?私がそこの子犬と同列とでも?」

「……………そうですね…。同じときを考えれば――…彼の方がまだまとも・・・でしたねぇ…」

「……悪かったわね、あの時はまだ力を制御しきれてなかったのよっ」

「ええ、そうでしたね――…力を暴走させてはリオンに向かって行って半殺しの目に……」

「ッ――?!ハァ?!!なっ…何で知ってるのよ?!ま、まだ顔も会わせてなかったでしょ!?」

「………異界の吸血鬼せかいほうかいのかぎの動向を監視する――のは、当然のことでしょう」

「……じゃ、じゃあなによ…その時から狙ってたってワケ…?」

「狙っていたとはいやらしい――見初めただけですよ」

「一緒でしょそれ!」

 

 …なにか、云千年の時を経て(主さま的に)衝撃的な事実が明らかになった――らしい。

 主さまが、フェガリが眠りに就く前と同じくらいの年頃――となると、それはもう神代まで遡る。
そしてその頃はまだ天界かみがみとの戦いは始まっていなかった――はず。だから、主さまの言う通り――母様と主さまは会ってもいなかった。
でも、母様の言う通り――世界を滅ぼす危険因子しんそさまを監視するのは世界を管理する神じゅうしんとして当然のことだ。
…ただ、そんな頃に主さまを見初めて、それから敵対したたかって、鎮静したたかって――云百年をかけて契約に至った…というか諦めなかった母様の……。

 

「――まったく、まるでスッポンねっ」

「そうですね、が落ちない限りは――離しませんね」

「く、ぬ……!………っ…はぁー……それについては後で個人的に突っ込ませてもらう――として、」

 

 平然と、嫌味に事実という反撃いやみを返す母様に、
主さまは面倒そうなため息を吐く――と、不意にその表情をさっきまでの悠然としたものに変える。
そして盛大にズレた話題を本題へ引き戻すように――フェガリに視線を向けた。

 

「…俺に……俺がやったことの代償けっかを――…見せてくれ」

 

 静かに、でも意を決した様子で言うフェガリ――を見てから、ふと視線を上げれば、主さまは機嫌よさげに「ふふん」と笑みを漏らしている。
フェガリの決意を嗤っている、喜んでいる――というよりは………。
…まぁ、真祖さまにしろ、主さまにしろ、その感想わらいは当然と思うけど――
――…あんまり笑うと勘付かれるんじゃ?フェガリ、意外と聡いよ?無駄に。

 ――なんて、割とどうでもいい事を思っていると、主さまがパチンと指を鳴らす。
すると、主さまの隣に夜色にもやが湧き上がり、その次の瞬間には――そこに、スモーキーブルーの彼女の姿たがあった。

 

二代目セコンド、案内してあげてちょうだい」

「………………初代様……」

「なーぁに?」

「………今、私がここを離れることの意味をわかっておいでで――」

「――はーん?アンタにできることが、私にはできない――とでも?」

「……それは――言質と受け取っていいんですか。『私の代わりに役目を果たしてくれる』という言質と思って…!」

「いいわよ〜――それを守るかどうかは気分次第だけれどねぇ〜?」

「あ゛あ……!! しょ〜だ〜い〜さ〜まあ〜〜〜〜…!!」

 

 ケラケラと笑う主さまに、スモーキーブルーの彼女は泣き言を漏らすみたいに初代あるじさまを呼ぶ。
…明らかに、主さまは彼女をからかって愉しんでいる――んだけど、こういう場に限っては視野と思考が狭くなる彼女はその事実に気づいていなかった。

 悪い意味でもあって、いい意味でも失われかわっていない彼女のそういう部分は、
少しばかり考えるところがある――…けど、おかげで色んな意味で「今」があるんだよねぇ……。
人間のこころを捨てきれなかった――から、主さまの大切な場所コラジョチェーロファミリーは失われなかったんだから…ね。

 

「――志季」

「ふひゃっ、ひゃい?!」

「あなたが、ここを離れる――よりも、ミシェルがここにいる方が問題が起きる・・・・・・と思うのですが?」

「ぁ、な゛…!なっ……ななっ――なァ゛ああ゛………っ…!!!」

「…………」

「ふふ…哀れまないであげてちょうだいね?コレはこの子が選んだコトなんだから――ねェ?」

 

 嫌味たらしく、挑発的に主さまがスモーキーブルー――志季に尋ねれば、志季はなんとも悔しそうな表情で「そうですよ!」と、まるで子供みたいな調子で答える。
…こんな姿を見ちゃうと、百年以上の歳月を、血にまみれた世界で生きてきたバケモノ――
――って、マフィアにんげんたちから恐れられてる便利屋バケモノにはとても見えないんだけどー………うん、まぁ――相手が悪いよね。