ガキの時分――今から百年とウン十年前のこと、
俺はこの真祖まじょの屋敷で暮らしていた――拉致られて、問答無用の、拒否権無しの強制的に、だったが。

 それ――真祖のお眼鏡に適って屋敷に招かれた、ってのは、吸血鬼としてこの上ない名誉であり、
将来せいこうを約束されたことの証明に等しい――まぁ、後者は生き残れたら、の話ではあるが。

 

 真祖が素質ある吸血鬼いつざい拉致すぐるのは、吸血鬼の未来のため――じゃあない。
それは真祖のただただ超個人的な暇潰しのため。殺しても死なない――かもしれない弟子オモチャを見繕い、扱いいじっ鍛えるあそぶため。
まったく全然――誰かのことなんざ、まして世界のことなんぞ考えていない。完全に、弟子コッチのこと殺しにかかってくんだからな!

 殺される――何度そう思ったんだか定かじゃない真祖サマ直々の修業。
あまりの辛さに脱走を試みて――やっぱり死にかけ、そこに死を見てからは死に物狂いで力をつけて生き延びた。
…その当時は、自分の色々を呪いに呪った――が、自分の野望ねがいが生まれてからは、この過去しゅぎょうに感謝した。
……ただまぁ…だからこそ自分の野望それが成就するっつー確信が、最後まで持てなかったわけだが。

 

 間違いなく、真祖は無敵・・――だ。
なにせあのババアは完全無欠の不死身――その不死ことわりは獣神ですら覆すことはできない。
…てかそもそも、あのババアには「死」の概念ことわりがない、らしい。
死なない――以上、敗北はない。っつーことは無敵、と形容しても間違いはない――だろうが、
更に言うとあのババアは、「最強」と言っても言い過ぎじゃあない。獣神――を、除いたナカで言えば。

 遙か遙か大昔――神仏が「神」として地上に指図をしていた神代じだい
ババアは魔族あくまを率いて神様にケンカを売った――聖書やらで語られる「ルシファーの叛旗」が、これに当たる。
そしてババアは、魔族と共に神々を壊滅寸前にまで追い込んだ――が、
そこで出張った獣神とその神子にボコられ、自身の限界を悟って不死はいぼくを認め、白旗を上げた――という。
…神話の類によくある誇張まみれのほぼほぼホラ話――のように思える……てか思いたいが、残念ながらこの話はノンフィクションだ。
事実の誇張、こけおどしの虚栄――はったりにもなっていない、誇りしんのない虚勢は、あのババアが一番に嫌うところだからな…。

 そんな、天界・地上・魔界せかいのすべてを見ても最強無敵を当たり前に行く永久ノ魔女しんそ――の屋敷に今、十人近いの人間の弟子がいる。
吸血鬼――真祖と魔王まぞくの血を引く魔物きゅうけつきでさえ真祖のお眼鏡に適わないってのに、
人間ばかりがぞろぞろと、この屋敷で死にかけながらも気楽に修行に打ち込んでいる。

 それも全ては――…。

 

「………」

 

 知りたくもなければ、見たくもなかった――次代の麒麟の神子。
しかし選ばれたそのポテンシャルたるや凄まじく、俺如きが避けようとしたところで無意味だった。
否応なく、その姿は目に入り――…うっかり、気になってしまった。

 

 今、俺の中で一つ嫌な仮説が立っている。
あのババア、俺に100年間――夢を見せ続けていたんじゃなかろうか、と。
そしてその夢は過去の再現か、今の改現か――まぁどちらであったにせよ、その記憶というのがまるで一切記憶に残っていない――んだが、
どうやら俺の脳味噌には記録が残っている、らしい。……でなかったら、初めて見る知らん顔にあんな・・・感情を――…抱くわけがない。

 あくまで仮定――更にそれが事実であったとしても、それは夢獏ノ神が作り出した幻想ゆめであって、世界に歴史として刻まれた現実じゃあない。
あくまで仮だが、その物語きろくは俺の頭と、おそらく夢獏ノ神とババアしか知り得ない――
――要するに、相手・・からすれば俺の抱いた感情は妄想の産物でしかない、っつーことだ。

 …てか俺が覚えてない時点でその記憶自体、俺の記憶モンじゃない――のか。
それは俺の姿と魂を持った「俺」であって俺じゃあない別の誰か――の記憶と感情モノ
……そう考えると邪魔なことこの上ねーな――…自分の記憶モノとして引っかかるからなおさら気分悪ィ…。

 

 「自分」のモノであって自分のモノじゃない記憶――に、振り回されるってのも不快だが、
自分の認めたくないきょようしがたい部分を問答無用で認めさせる存在・・――ってのが一番気に障る。
そんな、強烈に不快で不愉快な感情にもまれる――くらいなら、その場凌ぎでも、獣神の狗として扱われた方がマシ――だった。

 溺れるように、堕落ちるように――自我を捨てるように認める・・・のが心地よおそろしくて堪らない。
アレは麻薬――それも、とんでもなく強烈で、逃れられない――

 

「おーおー大師匠ワシとしたことが、とんだ甘ったれを育ててしまったのぅ?」

「…ああまったくだ――『悪の原典』の名が聞いて呆れるぜ」

「くく…まぁ許せ。そんな名を語っていたのももう云千年と昔の話――遺跡・・、だからのぅ」

「…」

 

 屋敷と外界を繋ぐ唯一の門の前――に、ババアは当然のように立っていた。
俺がなにも言わずにここから出ていく――それを見越していた、のか、端からそれを狙っていた、のか。
その真相はわからない――し、知るつもりもない。それがどうだからといって、俺が選ぶ選択肢は変わらない――なにせ選択肢がない、んだからな。

 巡り巡って、最終的に小利口にまとまった俺――を、ババアは愉しげに眺めている。
…だが最悪・・なことに、俺を見るババアの目には、嘲笑の色がない――上に、その奥には「情」がある。
極たまに、大体気絶する2〜3秒前に見るあのいろ
真祖でなく、師でもない、文字通りのばーちゃんババアの顔――…………それは……反則ずりぃだろ…。

 

 なんとも気持ち悪い感情に耐え切れず、ババアから視線を逸らせば――ババアは「くふふ」と笑う。
それにカチンときて、半ば反射でキッとババアを睨む――よりも、その横にいる「白」に意識の全部を持って行かれた。

 

神子ワシの後輩として行く以上、白狼ノ神コヤツと行動を共にしてもらわなくては――なぁ?」

「…………」

「…一応言っておくと、これは俺の意思であって――真祖さまの指図で、じゃないから」

「……………………」

「くくっ♪察しがいいかしこいのも考え物だのぅ――当人にとっては」

 

 ああ、ああ、ああ――気持ちが悪い。反吐が出そうなほど――胸糞が悪い。
まったくなんなんだコイツらは。割と本気で思うが、コイツら俺の気を逆立てるために生まれてきたんじゃねーの?

 ……んなわけないことはわかってるんだが――マジでコイツら面倒くせぇ…。

 

「案内も仲介も、すべてルーに任せてある。
お前はただ――自分のしたことの重大さけっかを見てくるといい♪」

 

 ニヤと、嗜虐いつもの笑みを見せて――ババアは音も、前兆さえなく消える。
明らかにこっちの不愉快を愉しんでいるババアにイラっとして頭痛が奔る――が、存外それは後を引かない。
…悲しいかな、アレに怒りを向けたところでどーにもならないことは、既に諦めさとってる…からなぁー……。

 胸に溜まっている不快なモノをため息と一緒に吐き出す――が、まったくむねはスッキリしない。
…まぁ、これでスッキリするなんざ、毛の先ほども思ってないが。

 

 色々とスッキリしない――が、ここで逃げ出すわけにはいかない。
全てを放り出して逃げた時、俺は間違いなくババアに殺される――だがそれは、「全てを放り出した俺」が望んだこと――であり、ババアの恩情。
自分が背負うべき責任の全てから逃げ出した意気地なしおれを、粛清という形で断罪することで――ババアは甘ったれの孫おれに責任を果たさせてくれる。

 …そんな、そんな――クッソダセェ、恥も外聞もない、
俺を信じてくれた同胞たちの信頼を踏みにじる――俺が俺を許せない終わり方なんざ、真っ平ゴメンだが。

 

「――…で?…これからどーすんだよ」

「…まずは、移動だよ――…ホント、真祖さまはお前に厳しいよね――…ついでに俺にもだけど…」

「ぁ?………………待て。マジで待て…!お前まさか――…!!」

「……バカ孫に出す金はない、反逆者にかける施しもない――し、お前の貯金は前任あるじさまが全部使いきったし」

「は…はぁあああーーー?!!?!」

「――反逆者の蓄えが、いつまでも残っているわけがないだろう…」

「っ――ヴォ…ヴォルス?!」

「…百年ぶりだな、フェガリ」

 

 もしものためにと溜め込んだ貯金を、白ノ始祖ぜんにんが食い潰した――という現実にも驚いたが、
それ以上に驚いたのは、今俺の前にいる一人の男の存在。
ウィンターホワイトの髪をテキトーにまとめながらも、生来持つ品の良さが、それを「みすぼらしい」と認識させない――
――人にはない魔性の美しさ、吸血鬼然とした容姿を持つその男の名はヴォルスティオ・アポリオル。
吸血貴族ヴァンパイアの中でも特にい血を持つアポリオル家――その本家筋の唯一の生き残り。

 …俺にとってはガキの頃からの付き合いになる兄貴分――
――ヴァンピールとしてヴァンパイアと袂を別って以降も付き合いのあった数少ない――理解者ヴァンパイアだ。

 

「………い、居たのかよ…」

「ああ――…工房に篭もっていたせいで気付けなかったが…」

「あー…」

 

 屋敷をあちこちうろついて――も、見かけることがなかったヴォルス。だが、工房に篭もっていた――と言うならそれは仕方ない。
一度工房に――ってか作業はじめたらコイツ、完成するまで出てこないからな。絶対。

 ……ってーことは、

 

「んで?完成したのか?」

「…いや、完成はしていない。…お前が起きてきたんだ――それ以上に、優先することはないよ」

「っ…………や、やめろよな…っ。いっ、いい歳こいて……恥ずかしいっつの…!」

「…なにがいい歳――だ。半世紀しか・・生きていない若造、だろう」

「ぅんぐっ……」

 

 痛いところを突かれて、思わず言葉を呑み込む。…確かに、今のヴォルスから見れば俺は若造――だろう。
元々あった歳の差が、更に100歳分近く開いたんだから――そりゃそうだ。

 …あー……てかそうなると……。

 

「……どうした?」

「いや…シュテルのこと思い出して……」

「…それは、お前の傲慢が生んだ当然の負さ――」

「いや、そーじゃなくて――…歳の差、がさぁ……」

「……それも、仕方ないだろう…。
…大体、それを言い出したらリムもリヴィーも――果てにはジャクリンも年上、だぞ?」

「ぉわう………」

 

 実弟が、眠っている間に年上になってしまった――ってのだけでも地味に落ち込むってのに、
無邪気に「お兄ちゃん」と懐いてきた妹分たち――までもが年上、というのは……なにかこう…言葉では形容のできない辛さと違和感がある…。

 ――まぁ、自業自得と呑み込むほかしようはないんだが……。

 

「…百年――一世紀、か…。…長い……よな…」

「ああ――…ただ、想像よりも世界は進歩していない」

「……」

「語って聞かせてやりたい――ところだが、お前には時間がない」

「…………ん?俺に・・??」

「ああ、お前に――お前を乗せる飛行機、の離陸までの時間がない」

「!」

「……この程度の『支援』は、許されるでしょう?」

「…さーね、真祖さまのボーダーラインなんて、俺にはわかんないよ――
――ただ、ヴォルスの支援には個人的に感謝するよ。…コイツ乗せて走るとか……面倒この上ないからねぇ…」

「…それでも空港までは――ですが…」

「…まぁその程度なら加減しなくても死なないでしょ」

「待てッ、バカか!死ぬぞ?!今の俺は――…人間レベルに貧弱なんだからなァ…!!」

「「………」」

 

 …あ゛ー…現実の全てがツラい………。