生き物ニンゲン生き血せいきをすすり生きるよる貴族バケモノ――吸血鬼ヴァンパイア
大々的に、人の歴史、創作の中でその存在が知られたのは18世紀頃。
ただ、民族的な伝承の中で「吸血鬼」という存在は、
欧州を中心とした各国において、それより千年以上も前から「血を求める化け物」として語り継がれている――
――が、実際のところ吸血鬼というのは「人の世界れきし」が始まる以前から存在している。
所謂ところの神代――神様が人を守り、育み、管理した時代から、既に吸血鬼は存在していた。
世界の崩壊を目論んだ悪――魔族あくまの一角として。

 現代に語られる吸血鬼の設定でんしょう――は、ほぼ全て人の妄想そうさくだ。
人の生き血を啜る、牙が長い――くらいしか、厳密に合致している部分はない。
一応、日光に弱い、神聖的な物じゅうじかに弱いってのは、【血】の薄い――世代の低い元人間ひがいたいの吸血鬼には当てはまる話ではあるんだが。
 

 赤いリンゴは石を誘うA red apple invites stones.――みのりを持つ者は目立ち、目立つ者は攻撃の的になる。
――そんな格言が生まれるんだから、世界はそういう風にできている。
だから、悪魔と一緒になって神様にケンカを吹っ掛けることができた吸血鬼――は、「大人しく」人の中に紛れ込んだ。
…ただ当然、それに倣わなかった例外もいるわけなんだが……。

 貴族ひと市民ひとを、人間おなじいのちと認識しない時代があった――んだから、
人間の社会なかに入ったからって吸血鬼が人間を自分たちと同列と認めるわけがない。
血と闘争に飢えた白ノ始祖――ミシェル・ルチフェベートを旗頭に、
一部の吸血鬼はそれが当然であるように人間を喰い物にし――「吸血鬼」の勢力を拡大していった。
 

 魔族に匹敵する力を持つ魔物――やみ化け物きぞくとしての地位を確かなものにした吸血鬼。
だが、白ノ始祖の隠居を期に、吸血鬼たちは神代かつての荒々しさに封をした――が、それができた・・・のは純血統の吸血鬼に限った話。
吸血鬼の魔力に侵され「生まれた」吸血鬼――いわゆる「被害体」には、それができなかった。
――…人には制御できない「魔力」を持て余し、呪いの様に強烈な吸血鬼の本能に突き動かされ――
――魔力いのちの終わりを逃れるために、彼らは人間を喰らい続けなければならなかった。

 魔力に翻弄され、魔物バケモノの本能に抗えない被害体きゅうけつき――を、彼らを生み出した張本人きゅうけつきは「下等」と見下し、嫌悪した。
そしてその時代あたりから、俗に言うところの「貴族主義」的なモノが、吸血鬼の世界で常識として定着した――らしい。
…人間を見下しながら、人間と同じことをするなんざ――
――…高貴を謳う吸血鬼も所詮は「魔物」の一種でしかないって、自ら吹聴してまわるのと一緒、なんだがな――。

 真祖、そして黒ノ始祖――レーヴェ・ウェルストスと、それに追従する吸血鬼たち――は、初めから「大人しく」人の中に紛れ込んでいた。
彼らは争いごとを好まなかった――からこそ、欧州一帯で暴虐の限りを尽くす白ノ始祖の一派に対しても、なにも働きかけることをしなかった。
それは白ノ始祖が真祖の元へ帰属してからも同じこと――人間の世界で惑い苦しむ「吸血鬼」がいたとしても、彼らはただ闇の底から眺めているだけだった。
 

 純血統きゅうけつきに【吸血鬼】と認められていない被害体きゅうけつき――は、吸血鬼という種の総数において、約8割という大部分を占めている。
だがその多くは純血統げんしゅには程遠く、糧である人間に少しばかり勝る程度の力しか持たない――はっきり言って弱い個体ばかり。
だから少しばかり対吸血鬼戦闘の訓練を積んだ人間――ひよっこヴァンパイアハンターでも、タイマンでやりあえば殺される。
…これがベテランともなれば、ウン十人で徒党を組んでも見えるのは全滅の未来だけ――…純血統おれたちはそーはいかないが――な。

 この、中途半端に流れる「吸血鬼」の血によって、多くの「命」が迫害され、死への悲しみと恐怖に苦しみ――それでも懸命に生きている。
いっそ、知性も理性もない魔物であったならどれほど楽だったろうか――…なんていうのは、そうじゃない純血統じょういしゅの憐れみでしかない。
それは旧派アイツらと変わらない、傲慢から成る低級種じゃくしゃへの――侮蔑、だ。

 

「本当は――な?お前がおちる前に言っておきたかったのだが――な。――この、へたくそ、め」

 

 ぷふと笑いを漏らし、幼いその顔にには似合わない、人を小馬鹿にした笑み――を浮かべるその目の奥に、
こちらの「成長」を喜ぶ嬉しげな色をちらつかせて幼女――の姿をした吸血鬼の真祖は言う、「へたくそだった」と。

 ――その評価に、へたくそだったというマイナスの評価に不満はない。
何をどう言い繕ったところで、俺のやり方が下手だった――
――肝心なところで優先するべきモノを間違えた、俺の器の小ささが不幸につながったへたをうったことはわかっている。
だから、へたくそそれには納得するしかない――が……、…その目は――…絶対に納得してやらねぇー…。

 

個人ばぁば的には『よくやった』と褒める――ところだが、な?
真祖的に――は、呪いくびわで縛り付けて旧派ヴァンパイアの栄光のために魔族の飼い狗になってもらう――ところ、なんだがの?
神子せんぱい的にはミシェルぜんにんの尻拭いを頼みたい――わけだ」

「…前任……」

「うむ。アレは無駄に面倒見がいいからな、後任おまえの後始末を買って出てくれた――んだがの、なーにせ身内贔屓の激しいヤツでな。
身内そっちにかまけて色々と中途半端な状態で止まっておる――のだが、まぁ上手くは・・・・やってくれた。
――まったく、賢狼・・様々だったのーぅ」

 

 また、真祖が笑う――幼女の顔には違和感しかない嘲弄の色を滲ませて。
その表情というのがまぁ腹立たしい――が、残念ながら反論の余地がなかった。

 真祖――ばばあの言っていること自体、は、ただの事実。
俺の不始末を、現世・・に転生した白ノ始祖が、中途半端だが「とりあえず」というところまでは始末をつけてくれた――それは、素直にありがたいと思う。
…俺が選択を誤ったがばかりに、今以上の迫害を、苦しみを強いられることになった同胞たち――を、おそらく白ノ始祖は救ってくれた。
それに関しては素直に感謝している――…だけに、いつかの自分のしょーもなさには怒りと呆れを通し越し、一周回って腹立たしいばかりだった。

 

「――とはいえ、ミシェルのことはまだが死んでおらんでな、放っておいてもいずれは片が付く。
益を考えるのであれば、お前に首輪つけて地獄に放り込むのが最有益――ではあるが、後輩とはいえ同列の神子を魔族の狗にする、のはなァ?」

「…」

「くく…まぁここに居る間は答えは出さんでよい。……だが――『次』に、手心なぞはないから――な?」

 

 愉しげな――凶悪な嗜虐の色をまた、ばばあは幼い少女の顔に浮かべ――「次は」と言って去っていく。

 幼い少女の顔に浮かぶ嗜虐の笑み――強烈に、違和感しかない組み合わせだが、
死にたくなるほど、…いや、死にかける度に見た表情だけに、違和感なんぞは気にもならない。
それよりも、ずっとずっと強い――死へ至る恐怖が先立ち、それに全てを塗りつぶされる。
…意図して植え付けたモンじゃあないだろうが…植え付けられた方は堪ったもんじゃない――
――…抵抗の余地なく、根こそぎ反抗の意思を削り取られるんだからな――。

 

「(……結局――)」

 

 途中で、気付きはした。
自分の行動――新派ヴァンピールを起ち上げ、貴族を自称しながらその義務を果たさない腐った旧派ヴァンパイアへの反抗と反逆――
――は、真祖・リオンが意図したことであり、望んだことだ――と。

 旧派ヴァンパイアへの反抗――は、ババアへの反抗心から端を発したわけじゃない。
俺が俺の意思で選択して、俺自身が直接足を運んで見聞きして――その上で生じた感情と、その中で芽生えた願い――から始まった反抗こと
でも、それは「違う」――それは全て【永久ノ魔女】が思い描き、仕組んだこと。
俺が苦しんで、思い悩んで下した決断も、全ては脚本家ばばあが書いた筋書き通り――
――「人類」と共に在り続ける永久ノ魔女の「企み事」は、既に「運命」の域に達し、そのシナリオは予言に等しい。
誰のか思惑さえ、途方もない歳月を生きたババアからすれば既知こと――なんだろう。

 全ては真祖の手の平の上――だが、それでも俺は「自分の意思」を貫き通した。
自棄になった――と言えばそう言えなくもない。最後の最後、どうとでもなれ――と思ったのは事実だ。
だから俺は、自分の意思を貫くために死ぬ覚悟をした――のが、おそらくばばあの意表を突いた。
無駄に小利口な俺が、真祖じぶんの掌の上で死を選ぶ――なんてアホな選択をするなんざ、思ってもいなかった――んだろう。

 ……まぁ実際、ばばあが思ってた通り、命がけの戦いを挑むつもりなんざ俺にはなかった――…なかった、…んだが……な…。

 

――まさに賢狼、ですね。

 

 嫌味のない、爽やかな笑顔――から飛び出したとんでもなく強烈な嫌味。
敵意のかけらもない笑顔に油断してたってこともあったが、まずセリフが呑み込めなかった。
して「は?」と間抜け面をさらした次の瞬間には――

 

――でもどーせなら、自分に飼われてみるのも一興では?

 

 ――と、平然とまぁとんでもないことを言ってよこした――あの神子アマ
自分の中に間借りする白狼アイツのこともあって、可能な限り避けて通っていた――んだが…
………激しく…癪ではあるんだが……それは、間違いなくあの会合は――俺にとって「天啓」だった。

 …まぁ、それはそれでイヤと言えばイヤだったが、
ババアに本当の意味での「反抗」を果たせるなら――選り好み、なんて「贅沢」するわけにはいかなかった。
…その前に、俺は大きな贅沢――出し惜しみ、してたから…な。…なおさらできたことじゃなかった。
 

 ふざけんな――と蹴り飛ばしたテーブルは、抜いてもいない・・・・・・・刀によって一刀両断。
テーブルの次に獲物と見定められた俺の首――は、テーブルを蹴り飛ばすに至った「原因」の一存によって繋がってはいた。
――が、じりじりと喉元を焼く殺意に、俺は自分の選択が死に直結していると、神子にケンカを売るとはどういうことか――を、本当に・・・自覚した。

 

「あれ……の、後任………」

 

 俺を二度殺したあの男女――は、もういないらしい。
…まぁ、人間の寿命を考えればそれも当然――ではあるが、
人間そこから逸脱できる否人間ヤツだったたけに、生きていても問題は、ない――ただ、疑問と落胆はあっただろうが。

 人から否人間みこになり、否人間みこから人へ堕ち――人間としての生を終えたらしいアイツ。
…俺が言うのもなんだが、自分のためと言いながら、実際のところは他人のために生きていた――ヤツだけに、その終幕は自分のためしあわせだったんだろうか。
――…いや、たぶん「幸せだった」って言い張るだけ――だな…。
…これも他人のこと言えた立場じゃねーが、アイツの回り半死人多すぎだ――……って、

 

「(アイツ・・・の後任――…も、いんのかよ……)」

 

 一族かぞくを守るために他人を踏みにじり、自分を殺したみこ――は、もう一人いた。
自身の力を客観的かつ事務的に計り、揺るぎのない大切なモノゆうせんじゅんいによる選択は、たとえ非情なものであったとしても違えはしない。
情深いが故に非情に徹することができる――その狂気すら感じられる傲慢な情は、
苦悩を呑んだ「狂気」によって成り立ち――ながらも、彼女みこたちは互いを支え合うことで自身の狂気に呑まれることなく――存外けろっと正気を保っていた。

 肉体にしろ、頭脳にしろ、獣神かみに見初められ、それと契約する神子の可能性それは、人の可能性それを遙かに凌駕する。
種としてではなく、規格として神子は「人」の枠から外れている――が、幼少期に「人」として育てられ、培われた精神と人格の根底は、人に寄っている。
――だから、いつかの過去じだい英雄みこたちは、自身の神子としての在り方と、人としての在り方のズレを克服できず、
超常の力を持ちながらも――衰退の未来から逃れることができなかった。
…ただ、そうならなかった神子たち・・もいた――し、先代・・で、その総数は夢破れた神子の総数を超えた、だろう――たぶん。
 

 過去を遡れば、神子というのは往々にして傲慢かつ独善的だ。
…まぁ、他人ヒトより頭二つも三つも飛び抜けていれば、能力じじつ的には「傲慢」じゃない――んだろうが、
神子はたとえ相手が同じ神子であってもその「傲慢」を当然に布く。
自分が最も優れていると信じて疑わない神子という人間モノは、自身の主義主張を曲げることをしない――から、神子こと優劣ぜひを決するために争う。
…ただ、そこには獣神や神仏、魔族の思惑が絡んでの「代理戦争」ってのが真相じったい――らしい。欧州にしにおいては。

 神仏やら魔族、そして獣神にまで振り回される欧州の神子――に対し、獣神の本拠地である日本きょくとうの神子は違う。
そも、乞い願った末に神子として迎えられる西の神子に対し――東の神子は逆、だった。
神子ひとが獣神に乞われて契約を結ぶ――上に、またその主従関係が神子の方が優位――…なんて、西こっちの歴史から見れば眉唾物の事例ばかり…。
…だが、それ以上に「四皇の神子」がいた、という過去じじつがなにより信じ難い――…んだが………実際にその子孫…しかも四皇の神子に会ってるわけだから…?
信じるも信じないも――…この、ありえない現実を呑み込むしかない……んだが……。

 

「……………」

 

 遙か大昔――人間の歴史において「古代」と言われる時代には、欧州にも四皇の神子は存在した。
肩書きそれは事実――ではあるが、その実情は闘争に飢えた金獅子かみ演劇ごらくのために選定した神子オモチャ
彼らの間に主従、それどころか信仰すら存在しな買った――要するに、「繋がり」が存在しなかったということだ。

 選ばれた神子えいゆうは、選ばれたことにすら気付かず、獣神の加護を自身の力と勘違いしながらも栄光へと駆け上がり――加護それを失い衰退していった。
そんな繁栄と衰退トラジコメディを観るために選ばれた役者みこ――というのはいた。
そして、時にやりすぎた・・・・・神子もどきを粛清するための四皇の神子みこもどき――というのも存在した。
……彼らも、最終的には前者と同じ結末を辿っていたわけだが……。
 

 ――そんな、哀れとも言える西の神子に対して、神子れんちゅうは違う。
本当の意味で四皇じゅうしんに見初められ、主従の契約を交わし――
――至上の神という立場も無視した・・・・四皇の、人と同等のしようのない我欲によって、その幸福・・を願われた神子そんざい
…その最たる例が、四皇の一柱である麒麟ノ神ましろさまがその死に寄り添った――アイツ、だろう。

 獣神が至上の神じゅうしんとしての全能と不滅けんのうを棄ててまで愛した神子ひと――…その理由みりょくっていうのは、わかっていたし、認めてもいた。
アイツは本当に選ばれた神子で、その立場と役割、そしての重みというのを理解して――受け止めていた。
世界を繁栄をもたらす力は、それと同時に世界に破滅をもたらす力――
――それによって生まれる負債ぎせいを背負うことを、人の心・・・を持つアイツは覚悟して、実際に背負っていた。
…それは――…俺が、「死を覚悟する」よりできなかった――こと、だった。

 

「(…三、柱――…)」

 

 心を痛めながら、その傷を笑顔かめんで隠し、一族だれかのために役割に徹してきた麒麟の神子――の、
その後任は三柱の四皇に見初められたバケモノ――らしい。
一柱だけでも多大な責任が圧し掛かってくるってのに、ソイツはそこに+αの責任ちからが加わっている。
一体その重圧はどれほどのものか――…んなもんは想像するだけ無駄だろう。
それは背負ったソイツにしかわからないモノ――で、それを共有するヤツなんざ、おそらくこの先現れやしないだろう――からな…。
そして、その重圧を背負う神子ヤツというのは、もう二度とこの世に存在することはない――…のかもしれない。

 一度手にした神子としての責任ちからを放棄した――という次代の麒麟の神子。
その無責任な選択を責める――つもりも、嗤う権利も俺にはない。
まずそれを、背負うことすらしなかった俺に、そんな権利はないし、さすがにそこまで恥知らずでもない。
……ただ、前任を知る者として、そのそんざいが気に――…………

 

「いや、いやいやいやいや――…!!」

 

 ――違う、違う、違う。なってない、なってない。
気になんざ、これぽっちもなっちゃいない――には、まーったく関係のない存在はなし、だかならなっ。
…逃げたモノ同士、気に――………なってねェ!

 

「あー…ったく……!」

 

 自分の中に回りかけている毒のような関心こうきしんを振り払って立ち上がる。
ここにいると、どうにも昔のことを――過ぎてしまったことを考えてしまう。
済んだことをあれこれ悔やんだところでもう遅い――ってか、後悔することになるってのは既に分かっていた事だ。

 …一応、覚悟はしていた――…はず、なんだが………所詮アレはその重さを実感していなかった若造の「つもり」でしかなかったらしい…。
……つーか100年眠ってただけ――なんだから、とうじと精神年齢、変わってないんじゃ…?

 

「あ゛ー……」

 

 なんとなし、頭の痛い現実を自覚して――現実逃避に部屋を出る。
…どこに行ったところで、もだもだとしょーもないことに頭を回すことになりそうな気がする――
――が、じっとしていることが性に合わねーんだから、しようがない。

 三度目論んだ脱走――を、三度目の失敗で「攻略不可能」と理解した
永久ノ魔女の屋敷かんごくを当てもなくうろつくことしか――今の俺には「できること」がなかった。