「ふぅ――ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「……」
平然とした表情――だけれど、その声に不機嫌を満載して
「納得」しているような相槌を打つのは、線の細い印象を受ける黒髪の美青年。
その姿からは儚さすら覚えるけれど――その口から出る感情というのがふてぶてしい、というか
芯の強さ、なんていうより図太さが伺いしれるからすぐに「儚い」なんて脆そうな印象は消える。
…ただまぁ、存在としては事実「儚い」んだけどね――…病弱、的なことで。
「――で?ルジートさまはどーなさるんですかぁー?」
不機嫌――だけれど怒りを滲ませているわけではなく、
どちらかというと拗ねている、妬いているといった様子で白狼ノ神の身の振りようを尋ねてくる黒髪の青年――
――の姿をした、既に齢100歳を超える吸血鬼の男・シュテル。
相当この状況を面白く思っていないようで、
平然を張り付けていたはずの顔――真っ平だったはずの眉間にはしわが寄り、口元はわずかに不満に歪んでいた。
…まぁ、シュテルの気持ちもわからないわけじゃないけど――
「…どーもしないよ、今後もこれまで通り――…ただ、なにかあればそーも言ってられないけど…」
「…だーかーら〜、そーも言ってられなくなったらどーするんですかー?ってことなんですけどぉー」
完全に、その端正な顔を不機嫌色に染め、苛立った様子で俺に詰め寄るシュテル。
たぶん俺が返す答え、自分が口にした質問の答えを知っている――
――けれど、それを自ら肯定したくはないから、俺に答えさせようとしているんだろう。
…自分でわかったら、自分で自分の不出来を認めるのと同じ――…ではあるからねぇ…。
「…その時は、俺が肩代わる…よ」
「…その時は――…ねぇ?」
「俺は齧歯系じゃないからね、瞬間移動とかできないの」
「…なら、できたらどーするわけ?」
「……………できないことの話してもしかたないでしょ…」
「……それ、認めたのと一緒だからね?」
「…」
そう、冷ややかな表情でシュテルは言うと、コテンと俺の横――自分のベッドの上に寝転がる。
仕方がない、仕様がない――と、諦めたわけでも、納得したわけでもない――ので、シュテルの背中からはピリピリとした嫌な気配が漂っている。
…ただ、これは俺に対する不満とか敵意とかじゃなく――…シュテルが、自分自身に向ける憤りだ。
その美しさに比例した病弱さ――ではなく、単に生物としての不具合によって「病弱」となってしまったシュテル。
…ただ厳密なところを言うと病弱、というわけでもない。
不具合による症状っていうのが「病弱」っていう表現に合致するから、便宜上そう形容しているだけで、本当はそういう話じゃない。
…正直なところ、不具合は病弱なんかよりもずっと厄介な問題だった。
吸血鬼――っていうのは、魔物とカテゴライズされるモノの中で最上級と言ってもいい種だ――
――ただ、最上級とカテゴライズされるのは、極めて少数の純血統の吸血鬼だけで、それ以外は大体中上級。
…ただまぁ、ホントに厳密なところを言っちゃうと、吸血鬼の半数以上――人間の血が混じった吸血鬼は中の下といった程度なんだけど…。
…まぁとにかく、個々によって能力の程度がピンキリの吸血鬼――だけれど、
純血統と呼ばれる古い血統、歴史ある一族の吸血鬼の多くは、闇の貴族と呼ばれるのも納得の人外の力を有している。
それというのも、古い吸血鬼たちは始祖――血統を重んじ、その血に混じる魔族と真祖の薄れさせないよう血を繋いだことで、
未だに闇の貴族として闇の世界に君臨し続けている――わけだった。
血を重んじ、厳格に血を繋いでいる――
――けれど、ホイホイと血の濃い、力に溢れた吸血鬼が生まれるなんてのは正直稀な話。
…寧ろその逆の方が多いくらい――なんだよね…。
魔物といえど、生殖の理に入った時点で人間――っていうか遺伝子うんぬんのルールに縛られるからねぇ…。
……まぁだから――
「…そんなに不貞腐れないでくれる?」
「………不貞腐れてないし…」
「……とは、思えないんだけど…――ヤバいくらい吐き気する…し……」
「………」
素直に本音――というか不調を口にすると、シュテルが不機嫌丸出しでこっちを向く。
…けど、俺の顔色が相当ヤバかったのか――十秒もしないうちに、呆れた表情でため息を吐いた。
血を重んじたが故に生じた遺伝子の不具合――その犠牲者というのか、当事者というのかが、シュテルで。
ただ、シュテルはどちらかというと運が良い方、といえば良い方――ではあるんだけど。良血統の――…言い方が悪いけど劣等体、だから。
これが中程度の血統で起きると………成体にすらなれない、ことを考えると、シュテルは運が良い――
――…ただまぁ、「弱い存在」として生き続けることが幸せか、と問われれば、それは何とも言えないところだけど…。
…それにシュテルの場合………――…兄弟が、悪すぎる。
シュテル・プレヴェールは、始祖・レーヴェ・ウェルストスの血を引く純血統の吸血鬼――であり、
次代の王と呼ばれたフェガリ・プレヴェールの実の弟でもある。
…ついでに言うとフェガリは白狼ノ神の神子でもある。一応。
…一応――と俺が言ったところで、
吸血鬼にとって白狼ノ神っていうのは力の象徴――であり、もう一人の始祖であるミシェル・ルチフェベートの象徴だ。
だから一応だろうとなんだろうと、白狼の神子であるだけで価値が十二分が価値があるわけで。
そんな最上級の箔と、真祖に刃向かえるだけの実力を兼ね備えた、最強クラスの吸血鬼が実の兄――…なんて、トンだ嫌がらせだと思う。
…いや、嫌がらせだこれは。シュテルに対して――も、俺に対しても…!
「………あのさぁ…俺のウン倍生きてるんだから、もうちょっとメンタル強くなってくれない?」
「……重ねた年月とメンタルの強靭さは比例しないのぉー…」
シュテルの一般論に、俺が経験から成る反論を返せば、
シュテルはため息を吐きながら「そぉだねー」と言いながら――俺の背をさする。
…少し乱暴だけど、俺に対する同情――…というか共感を理解して、ゆっくり嫌なモノがその影を潜めていく。
…変な話、こんなのは互いの傷をなめ合っているようなモノだけど――
――…傷を抉りあった末に復活できる自信が、正直ない。自分のことにしても、シュテルのことにしても。
――…だから居心地の良さに甘えて、白狼の神子の従者であるシュテルと行動を共にしているわけだけど――…。
「………タイミングが悪すぎる…」
「……たぶんソレ、逆なんだけど」
「…それ、お前が言う?なに?お前にとってこのタイミングは良い――ワケ?」
「はァ?そんなの最っ高ーに悪いに決まってるでしょ。ホント最悪――自分の生まれたタイミングくらい最悪…!」
「……………いや、それ……『弟』の方がキツくない…?」
「…………そーねぇー…」
タイミングが悪い――確かに、今の問題に限ってはそう、だ。
でも、俺たちの生まれに関しては――そういう問題じゃなかった。
タイミングが悪い――なんて言ったけれど、そもそも俺たちに良いタイミング、なんてのがない。
いつ、何番目に生まれようが――自分より優秀な兄弟がいる限り、自分の不出来に憤らない日なんてのは来ない。
…かといって、自分たちの生まれが変わってしまうと全ての前提が破綻する――優れた個であることにこだわる理由自体が無くなるから――
――…なんていうか…不毛な愚痴だなぁ……。
「……いっそのこと、ルジートの神子にしちゃえばいいじゃん」
「は?なに言ってんの?それなに?新手の死刑宣告??」
「だってさぁー………俺、あの子が神子だったら大体のこと呑み込めると思うんだよねぇー……」
「…その間俺は麒麟ノ神の嫉妬に押し潰されて――生き地獄を味わうことになるんだけど?」
「…でもあの子の信頼独り占めだよ?」
「…………………――…いや、だったら前提破綻してるし…」
「…とか言いながら、ちょっと『いいな』って思ったでしょ」
「はァ?ちょっとじゃなくて、ものすんごーく思ったよっ」
からかいを含んだシュテルの言葉に、本音中の本音を返せば、シュテルは「ああうん」と言って苦笑いする。
…シュテルにとって、あの子は近い存在だから――
――いや、今のあの子だから感じない、かもしれないけど、本来あの子は獣神ですら遠い存在。
選ばれたモノしか、意思の疎通すら許されない神の愛子――…ただまぁ、今はそうじゃないわけだけど…。
「はー……勝てば官軍、っていうけど――娶れば官軍?」
「…娶る、とは大きく出たね?現実的には『婿に迎えられた』ら、でしょ」
「――まぁ、それでもいいけど」
「いいんだ」
「いい――っていうか…よく考えたらベストかも…。
……ばーちゃんたちのことは好きだけど…、……正直、姓は重荷だし…」
「あー…」
「…これは、死ぬ気で取り組む価値――あるかもね」
「……死ぬ気で取り組んでも、結実しない可能性の方がだいぶ高いけどねー…」
「……あのさ、俺が最初で最後のやる気を出そうとしてるんだから、出す前からがりがり削るのやめてくれない?」
「…俺程度の言葉で削れるやる気なら出すだけ無駄――というか、その程度じゃ競り合いもできないからね?」
「…………………うん、ごめん――驕った。ものすごく人間的に――驕ったぁ…!!」
謝罪を口にして、驕ったを自らを省みて――シュテルはベッドに倒れ込む。羞恥に耐え切れず、両手で顔を隠して。
……まぁ、ある意味であの子にはいい傾向、なのかもしれないけどね――…人に寄ってる、って証拠みたいなものだし…。
…ただそれを、白狼の神子の従者が真に受けるのはよろしくない。
他の従者ならいざ知らず、麒麟ノ神に仕える獣神の従者が――なんて、とんでもない話だ。…俺の立場的に。
「……まぁ、まずはエリィ嬢に勝つこと考えたら?」
「――ハッ、いきなり難題吹っ掛けるねぇ?」
「…これが突破できたら、かなりゴールに近づくと思うよー?」
「…………はは…ゴール、ではない、んだー…ぁー……」
「かなり、近づくことは間違いないけど――障害も問題も山積みだよ?
なにせ、獣神さえ救えなかった――ワケだから…ねー…」
「……………そうは…見えない、んだけどねぇ…」
「…役者の違いでしょ」
「ハッ――」
瞬間は、俺に苛立ちを向けるシュテル――だったけど、すぐにその顔には自嘲が浮かぶ。
「そうは見えない」と言いつつ、あの子が内側に抱えている負がまともな量じゃない――ってことには気づいているらしい。
…そこはまた別の意味で「役者」が違うわけだけれど、今そこをフォローしても意味がない。
論点のズレたフォローは――慰めにしかないからね。
「……にしても――」
「?」
「…初っ端にあの義シスコン過保護者が壁とか………。………出会いからやり直したい……」
「……………ソレを念頭に置いたところで、特段なにも変わらなかったと思うけど?」
「ふふふ、俺の自制心、甘く見ない方がいいよ――…どっかの兄と違って、我慢してきてるからねぇ?」
「………………そっかー」
「………ちょっと、ちゃんとつっこんでよ。気を使われると逆にツラいんだけどっ」
ツッコミを放棄した俺に抗議するシュテルに、棒読みで「ごめんー」と返すと、
シュテルはヒクとわずかに口元を引きつらせて――俺の背をバシ!と叩く。
病弱なシュテルの一撃とはいえ、普通の人間の程度でいったらまぁまぁの力を込めた一打に相当する――わけだから、痛い。ちょっと。
「なにすんだ」と、前足をシュテルの顔面にめり込ませる――と、それにシュテルが「なにすんだ」と俺の尾を掴む。
他人には掴まれたくない――どころか、触れられたくもない尾をむんずと掴まれる。
その言い表しようのない不快感に、思わず「なにすんだ」とシュテルの顔に狼パンチを連発する――と、
事もあろうにシュテルは俺の尾を――引っ張った!
そこからは狼と人の取っ組み合いの大喧嘩――だけれどこれはシュテルが小さい時からのじゃれ。
これでなんどもシュテルを死なせかけた――のは事実だけれど、これでシュテルの体力をつけてきたこともまた事実。
だから、シュテルが根を上げるまで止めてやるつもりはない――んだけど、
「ルジート!ステイ――ステイ!!シュテルさん死んじゃう!!」
――キミが言うなら仕方ない。
「…命拾いしたねぇ?」
「はっ……ははっ…!…あの子、泣かせといて…なに、言ってんのかな…?!」
|