カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
カーテンの向こうには燦々と輝く太陽がある――けれど、その光はこの部屋には届かない。
もし、それが届いてしまった場合――この部屋の主は、永遠に目覚めを迎えないだろう。
…っていうか、消えるんだっけ?

 綺麗に整えられた大きめのベッドの上、
そこに横たわっているのは――まるで作り物のように整った容姿をした黒髪の男。
苦しみも、安らぎもなく、変な話が人形よりも感情が汲み取れない顔で、男は眠り続けている――ざっと百年くらい。
…あ、そう言えば最初十年くらいは苦しげな顔してたっけ――…まぁ、自業自得だから同情しないけど。

 この黒髪の男の名前はフェガリ・プレヴェール。人の生き血をすする闇の貴族バケモノ――吸血鬼。
しかも、吸血鬼の始祖と呼ばれるレーヴェ・ウェルストスの血を引く、純血統の吸血鬼ヴァンパイア
多くの才能と、高いカリスマ性から次代の王と期待され、
その期待に応えるように戦士として、統率者としての才能を開花させ――
――新しい吸血鬼ヴァンピールとして古い吸血鬼ヴァンパイアに弓を引いた、
ある意味で本当に「ヴァンピールの旗頭じだいのおう」になった吸血鬼だ。

 …ただ、そのトップだったフェガリが、こうして100年の眠りについている――わけだから、
ヴァンピールたちは天下を取ることなく解散し、野望を成就させることなく、その歴史に幕を閉じた。
…と言っても、心優しい真祖の温情で、ヴァンピールの全てが粛清――殺されることなく、
救いようのあるじゅうじゅんなヴァンピールだけは、底辺としてではあるけど、改めてヴァンパイアの一員として迎え入れられて、生き残った――けどね。

 ヴァンパイアとヴァンピールの抗争が終結して大体100年。
そして同じくフェガリが眠りについてから大体100年が経過している。
100年は眠ったまま、100年の眠りにつく――って言われたわけじゃないけれど、通例おやくそく的にたぶん100年それくらいが相場だろうと思う。
…更に言及すると、100年前にはすっからかんに等しかったフェガリの体には今、魔力が戻りつつある――…まぁ正直、全盛には程遠い量だけど。

 全盛――ヴァンピールの王として、ヴァンパイアたちと血を血で洗う戦いを繰り広げていた
過去いつかには遠く及ばない魔力量だけど、間違いなく、着実に、フェガリの体には魔力が戻っている。
きっとこれは年もかからず復活する。人間基準の日常生活が送れる必要最低限の魔力量――超最弱状態で。
……知ってたけど真祖さまホントにフェガリに対して容赦ないね?

 別段、俺がフェガリのことを気にかける理由はない。
真祖さまの指示――というか、母様の言いつけを守って、真祖さまの頼みに応じる形でフェガリと契約を結んだ――
――けど、真祖さまからは「契約を結べ」以外の指示はなくて。
だからフェガリと契約を結んで以降、俺はずっとフェガリに対して干渉しなかった。
わざわざ自分から伺いを立てて面倒を被る――ことを、苦に思わないほどの魅力もなかったし。
…それでも、獣神おれと契約を結ぶに値する神子そんざいだとは認めてはいるけどね。

 母様のいいつけだから、ミシェル様あるじの頼みだから、夢獏ノ神せんぱいの神子の頼みだから――
――といって結んでいい契約じゃないし、結ぶつもりももちろんない。
そういうもの――ってこともあるけど、そうじゃないと白狼ノ神おれたちの立場がない。
キャリアの浅い新米――とはいえ、俺は四皇である麒麟ノ神に仕える八双の一柱・白狼ノ神。
謙虚な気持ちとか、目上に対する敬意と配慮とか、そういうものは大事――ではあるけど、
八双としての傲慢さっていうのも、それはそれで必要だ。
…序列第三位の八双が、ホイホイ尾っぽ振るなんて……色々と示しがつかないからね…。

 誰かの意思に因って、俺が神子フェガリに付き従う必要――どころか理由さえない。
だから俺がフェガリの存在を蔑ろにしても、見捨てても――たぶん誰も何も言わない。
…もしかすると真祖さまが「ダメだったかー」くらいは言うかもしれないけど、
フェガリに対してがっかりしても、俺に対して何らかの感情を向けることはしないだろう。
だって真祖さまは獣神に全然興味がないからね。

 …だからここで、俺が太陽の光を遮るカーテンを取り払ったところで――

 

「――…」

 

 感情いろのないフェガリの顔が、わずかに苦痛に歪む。
90年ぶりくらいに見るフェガリの動き・・に、思わず興味を引かれてずいとフェガリの顔を覗き込む――と、
100年まぶたの下に隠されていた深紅の瞳がゆらり揺れ、俺の目を捉えた。

 俺を見たフェガリがまず見せた表情は怪訝なもの。
それからややしばらくして――それは疑問を含んだ驚きに変わる。
……まぁ、それはそうだ。フェガリが活動していた時には一切彼の傍に寄りつかなかった俺が、
長い長い眠りについていたフェガリの傍にいる――なんて、おかしい通り越してありえない話だ。
まぁ、今現にありえてるけど。

 何を言うこともせず、ただじっとフェガリの顔を見る。
いつ、どんな反応を見せるのか、その答えを求めて黙って見つめていると、しばらく驚き一色だったフェガリの顔に、改めて怪訝な色が浮かぶ。
そして、その目には新たに――わずかではあるけど、敵意が混じっていた。

 

「…………なんのつもりだ…」

「……なんの、と言われてもね。…日課の暇つぶしだよ」

「………はぁ?」

 

 フェガリの質問に、俺は事実を返した――のに、フェガリの反応はすこぶる悪い。
でも、そういう反応を返されても仕方ないと言えば仕方ないと思う。
日課の暇つぶし――なんて、寝起きで投げつけられてすんなりと呑み込める方がたぶん珍しいから。
――でも、俺がここにいるのは、毎日フェガリの顔を見にきているのは――暇を埋めるための時間つぶし。
本命までの時間を埋めるため――だ。

 疑問の色を見せたフェガリ――だけど、その疑問を俺にぶつけることはしなかった。
答えに興味を無くした、というよりは、それを追求することが嫌だった――俺に興味を持っている風になるのが嫌だった、んだと思う。
百年の時を経た――とはいえ、百年眠ったままだったんだから、フェガリの精神が成長を遂げているわけがない――
――から、未だにまぁまぁどうでもいいことを気にしているらしい。…これじゃシュテルの方が「お兄さん」かもね…。

 仕方ない、けどおかしいことになったフェガリとその弟シュテルの関係を、内心で苦笑いしながら窓際へ向かって歩く。
そして、日を遮る厚手のカーテンの端を口で噛んで――

 

「ぎゃあああああ!!?!」

 

 カーテンを引いて、日の光を部屋に入れたその瞬間に響いた絶叫――それは言うまでもなくフェガリのもの。
確信に近い予想が当たっただけに、フェガリの絶叫に驚きなんてほぼなくて。
「だろうなー」と思いながら振り返れば、温かな日差しを受ける真白なベッド――から、
可能な限り距離をとり、顔を真っ青にしてガタガタと怯えているフェガリの姿が目に入った。

 

「なッ…は…――ぁああ??!?」

 

 吸血鬼は日光に弱い――っていうのが、人間の世界では半ば常識みたいになっているけど、それはちょっぴり事情が違う。
確かに、吸血鬼は種として日光――っていうか光属性…東洋式に言って陽ノ気に弱い。
弱い――けど、血統のいいじょうきゅうの吸血鬼は、自分の中に蓄えている闇属性の魔力で、光属性の魔力にっこうを相殺することができる。
だから、吸血鬼にとって日光は、厳密に言ったら弱点に成り得るけれど、普通は弱点には成り得ないもの――と、認識されていた。

 光を相殺する魔力行使――というのは、既に吸血鬼たちに本能として刻み込まれてるらしい。
だから当然、フェガリも生まれてこの方、日光を浴びて死にかけた――どころか、体調が悪くなったことすらないだろう。
…ただ、その本能に刻まれた魔力行使も、そもそもまず元手がなければどうもこうもないだろうけど。

 

「……ホント、真祖さまはお前に容赦ないね」

「あっ、な、のッ――………ろ、い…な、わけねーよな……」

「…そうだね。そんな生易しい呪い、真祖さまがお前にかけるわけないね」

「………」

 

 ある属性の魔力に対する抵抗力を低下させる呪い――魔法っていうのはある。
軽いものから、命にかかわるレベルのものまでピンキリの魔法――だけれど、もし真祖さまがフェガリに魔法のろいをかけるなら、それはあまりに簡素過ぎる。
真祖さまが本気を出せばこの程度の呪いでも、カーテンで遮ることができなかった日光程度でも、
吸血鬼を殺せるくらいの術式を組めるだろう――けど、そんなどストレートな呪いを真祖さまがかけるとは思えない。
あの真祖さま――が、特別可愛がっている・・・・・・・フェガリまごに、だからね。

 

「………まぁ、お前が望むなら供給してあげるけど?」

「……………」

 

 俺の提案に、フェガリはこの上なく不機嫌そうな表情を見せる。
一応言っておくと、俺の提案はかなりの親切だ。
善意とか、厚意と形容されてもおかしくないくらいの、俺の利には全くならないフェガリのための申し出。
――まぁ、だからフェガリの反応は「ああ」なったんだろうけどね。義理じゃなく人情――情けをかけられた、わけだからさ。

 ――とはいえ、俺が義理で動くなんてそうそうあることじゃないんだけどね。
二代目で、歴が浅いとはいっても獣神――世界を造った四皇に仕える八双の一柱。
人間――どころか神仏にも魔族にも借りなんてできる道理すらない存在・・なんだから。
だからそう考えると――

 

「っ…お前…っ!」

「…よく考えたら、お前の意思なんて確認する必要なかったね――…まぁ、お前に固執する理由もないけど…」

「…だったらテキトーに新しい神子でも巫女でも見繕えばいいだろ…っ」

「…………だから、適当・・がお前なの」

「…」

 

 神子はともかく、巫女は簡単に見繕える。
初代あるじ様のこともあって、白狼ノ神おれという存在は吸血鬼から氏神のようなモノとして信仰されている。
だからまぁ教会というか神社というかそのいう場所や組織もあって、そこに所属する吸血鬼たちを巫女にすることはできる。
そしてその巫女たちは間違いなく俺に対して従順だろう――けど、神子フェガリより勝手が悪かった。

 選ばれたそしつのある存在でなければ、獣神の力っていうのは――「受ける」ことすらできない。
…まぁ厳密には受けることはできる――…んだけど、受けた力を行使するのと同時に、死ぬんだよね。俺たちの力を受け止めきれなくて。
だから、巫女の手を借りる時は巫女自身の力を使うんだけど――……
…エネルギーの供給源が、発電所から単三電池に変わった――…って言ったらわかりやすいかなぁ……。
…ただ現界を保つだけならそれでも問題ないんだけど…今はそれじゃダメ、なんだよね――個人的にも、白狼ノ神としても。

 

「それを、恩に着せるつもりはないけど――死に目に会うような真似はしないでよ」

「……嫌だと言ったら」

「……………まぁとりあえず泳がせて、ギリギリのところで真祖さまに頭下げに行く」

「…………まさか…お前…アレ・・……」

「…なに言ってんの。お前に対する興味なんてないよ――昔も今も、ね」

「……なら、俺の生き死にだってどうでもいいだろ」

「まぁ確かにフェガリ・プレヴェールの生死はね。
でも、白狼の神子の生死はどうでもよくない――…神子がいないと、獣神はただの空気・・だからねぇー…」

 

 世界を造り、世界の理も、因果にさえも干渉できる獣神――
――だけれど、力の行使には代理人みこの存在が必要だったりする。
人間に限らず、意思――魂のあるモノならなんでもいいんだけど、さっきも言った通りで獣神の力は器を選ぶ。
だから神子の適性を持った存在っていうのは獣神であろうと貴重と位置付けられるもの――だけに、ほいほいとは代えられない。
だってまず「代え」がそう簡単に見つからないからねぇ…。

 用の足りない神子なら、どうなろうと構わない――けど、フェガリの場合は、「用が足りる」上に「適性」もある。
母様と初代様の様に主従の関係を結ぶほど気に入ってはいない――けどフェガリの人格ありかたは嫌いじゃない。
だから今、フェガリっていう白狼の神子の適性を持った存在を失うわけにはいかない――
――…半世紀前ならどうでもいいけど、今はダメ。いや、ダメっていうか――ヤダ!

 

「……なんなんだよ…」

「……………………なんで、知りたがるの。俺のことなんてどーでもいいでしょ」

「……………何も知らずに利用されるのが気に食わねぇ」

「…知ってたら気に食わなくないわけ?」

「……さーな。それは理由ワケによる」

「ふーん………じゃあ――言わない」

「はぁ?!おまっ…いったい何目論んで――…!」

「……なにそんなに勘繰ってるの。
お前に害が及んで一番困るのは俺――なんだから、俺がお前に『なにか』するわけないでしょ」

「…俺に害のないことなら教えてもいいだろ」

「…お前に関係ない話をお前にしろって?」

「俺を経由して現界してる時点で関係あるんだよっ」

「……間借り、してるだけなんですけどー」

「だとしても『俺の』だろうがっ――それに…不本意だが『生かされてる』身だし…な」

「……そう思うなら黙ってくれない?」

「くーれーまーせーんー」

 

 自分に害が及ぶことじゃない――けど、自分の身から出ているモノのことだから、
自分を生かしているモノのことだから――フェガリは俺の事情を把握しておきたいらしい。
…正直、尤もな言い分だと思う。俺も。

 フェガリに理由ワケを教えて、それに反発されたところで――俺にはそれを強制的に抑えつける力がある。
…本来だったら獣神の掟に触れるだろう禁忌――…だけどソレをあの・・真祖さまが編み出せて、
その上使うことが許されたってことは………OKなんだろう。コレに限っては。

 俺がフェガリの意思を無視して力を使ったとしても、たぶん俺が罰せられることはない。
周りから嫌な顔はされるだろうけど、罰せられはしないはず――だって創造主が「OK」をくれたんだから。
そう、獣神を創って、「世界」を創った創造主が――…俺に、ね…。

 

「…――麒麟の神子が、契約を断った」

「っ――………………待て、生きてんのか?」

「違う。次代の――…二代目の初終代」

「…………………あ?」

「…だから、二代目――金剛様の神子だよ…」

「…………なら、真白様は…どうした??」

「二代目――…夏希様と一緒に亡くなった――よ」

「………」

 

 獣神――には、代替わりがある。
その代替わりに規定や法則はなくて、個々の事情でそれぞれ理由は違う。
…ただ、何の因果か、母様と母様の上司でもあった初代麒麟ノ神・真白様は、同じ理由で座を降りて――二代目に役目を引き継いでいる。
自分の愛した神子と最後まで同じ道を歩みたい――そんな、「神様」らしからない、でも共感できる理由で。

 百年前――フェガリが活動していた時には、真白様は麒麟ノ神として夏希様と契約を結んでいた。
そしてその夏希様とフェガリは面識があった――神子として、ではなく、組織のトップ同士として。
だからフェガリも先代たちのことは知っている。
俺の関知しないところの話だから、彼女たちに対するフェガリの印象は知らない――けど、
当時のフェガリが夏希様の手にかからなかった、初代様の怒りを買わなかったことを考えると、嫌ったりはしなかった――んだろうけど。

 

「……………で?今代・・の世話係はお前、ってワケか?」

「畏れ多くも――ね」

「…子孫、か?」

「……気になるんだ?」

「……だたの好奇心だっての――…アイツの、だぞ?」

「…………………まさか、とは思うけど………」

「っ…バッカっ、あんなヤツ畏ろしすぎて女とすら認識できねーわ!
…大体、男だった・・・・し――………、…ってか、アレを嫁にした…猛者ヤツがいんのか……」

「…人間、だからね……」

「ぁ……ぁー…人間、だから――か、…………………ぇ、人間・・に惚れた、の??」

「そーだよ――…でなかったら、真白様が座を降りる必要ないでしょ…」

「…………………」

 

 俺の返答に、フェガリは複雑な表情を見せる。…たぶん、夏希様のことを思っているんだろう。
女と認識できない畏ろしい男女――だけれど、組織のトップとして、獣神の神子としての夏希様の在り方は
、フェガリとしても認めるところがあったんだろう――…っていうか、失敗したヤツフェガリ夏希様せいこうしゃを評価するってなに?
コイツ、どの視点から夏希様を見てるの――ってぁあ…そうか…失敗する前の評価・・、なのか…。

 旧派に代わる新勢力を立ち上げ、新たな吸血鬼の時代を創ろうとしたフェガリが、
崩れかけた旧派いちぞくの存続のために身を粉にして働いていた夏希様を認めていた――
――よく考えるとおかしい話だけど、麒麟の神子なつきさまだからおかしくない。

 自分が敵対している「側」に近くとも、その肯定が自らを否定するとしても――
――認めざるを得ないほどの器の持ち主たるが江戸崎夏希様。
白狼ノ神おれたちが仕える麒麟ノ神が惚れこんだ神子――なんだから。
…そして、その「名」を継いだのは――

 

「…………夏希様の子孫――…は、神子にはなってないよ」

「……契約を断ったって話か」

「じゃなくて――冬樹様に似たんだよ」

「……………」

「……言っておくけど、原因は体の話だからね?」

「……………、…ん?冬樹に似て病弱…なら…………どういうこと、だ??」

「だから、夏希様の子孫は神子にはなってないんだよ――気に入られてはいるけどね、黄龍ノ神に」

「…ぁあ……じゃあ、今代の麒麟の神子は…?」

「鳳凰ノ神の初代神子が興した一族の末裔――…まぁ、夏希様の血は入ってないけど、夏嵐様の血は入ってるかも…?」

「いや、待て待て待て。始祖が居る・・時代の神子の名前出すな。それ言い出したら吸血鬼どころか人類も『皆兄弟』だぞ」

「あー…」

「……まぁ…いずれにせよ四皇の神子の血ィ引いてることには変わりない――ワケか…」

「…もっと近い『血』だと、賢梟の神子――で、その孫」

「は?――…………………よく…まぁ…鳳凰ノ神の目に留まらなかった…なぁ?」

「…それには事情があるんだよ――…まぁ、それがなければ独占、してたワケだけど…」

「……………待て、……二柱…だ、と…?!」

「…おしい、三柱」

「…………賢梟…か」

「残念――金獅子、だよ」

「ォっ、ぁ――あぁ゛ああぁあ゛――――!!?!?!??」

 

 また、フェガリが絶叫する――そして、これもまた想定内の反応だからビックリしない。
フェガリは死ぬほど驚いているけど。

 

「おまっ、バッ…?!あっぁ…!ありえねぇだろ?!
四皇ってだけでもありえない・・・・・のに…!それが三柱っ…挙句の果てに金獅子だァああ?!!?!」

「……お前のビックリは尤もなんだけど――騒ぎすぎ」

「はァ?!おまっ、これっ…!!驚くっつか騒ぐだろ?!四皇三柱に気に入られた人間なんて――…!!」

「――まったくだよねぇ。
獣神もたまげるとんでもない化け物が出てきたもんだよねぇ〜」

「ッ…!!?」

「獣神どもからの好かれ具合いは夏嵐と山吹に並ぶが、巫女の適性は群を抜く――まさしく神の愛子よなぁ」

「ッ…」

 

 どこからともなく――っていうか、音もなく気配もなく「どこか」から姿を見せたのは、
宙に浮く白の子獏――と、淡い金髪が印象的な幼い少女。
小さい見た目――に反して、この一匹と一人が纏う存在感というのは畏ろしいほどに強く、
かつては吸血鬼の半数以上をまとめ率いていたフェガリ――ですら怯むほどだった。

 …まぁでも、「そりゃそうだ」なんだけどね。フェガリにとっては特に。
なんたってあの幼女は――

 

「くく…優しいばぁばが顔を見に来たというに――怯えるとはヒドイ孫だのぅ?」

「っ…だァれが『優しいばぁば』だっ…!せめてその魔力引っ込めて来いっ…つぅか……っ」

「ああ…すまん、なぁ…?…弟子どもを仕込んだ・・・・あと――で、なァ」

「…………」

「…まぁ、そういうことだよ」

「…」

 

 俺の答えを受けたフェガリは、死ぬほど不機嫌そうな表情を見せる――だから教えようとしかなったんだよ。

 

「なァに、心配するな。この世・・・に四皇の神子など一人もなし――」

「八双の神子に盾突ける神子ヤツなんて――極東に固まってるし?」

「………………待て、…極東に……固まって、る…?!」

 

 俺たち八双の上司は四皇――獣神の序列第一位にある至上の獣神。
だけど、俺たち八双は序列の二番手じゃなくて三番手。
直接の上司、ではないけど、八双おれたちよりも上位の存在――として、序列第二位の四神があった。

 四皇が神子を選ぶことが「ありえない」というのであれば、四神が神子を選ぶことは「やたら滅多にない」。
ここ数百年だけを見ると「そうでもないくない?」だけど、世界の歴史という期間で見ると、本当に四神の神子は「やたら滅多にない」だ。
…ただホント、ここ数百年に限っては「普通にいる」になってるけど…。

 

「くくっ、まぁあの連中ならソレも可能だったろうが――そも、そんなタマではなかろう?」

「っ……いや、ぅん…まぁ………って、それはまたそれでどうなんだよ…」

「でもまぁ四皇三柱よりはありえること――とはいえ『勢揃い』は史上初だけど♪」

「っ…!ッッ…!!!」

 

 白の子獏――八双の一柱である夢獏ノ神の発言に、フェガリは青い顔で口元を手で押さえて、その場にうずくまる。
…まぁ当時――フェガリが活動していた時でさえ、四神が三柱揃ったって大騒ぎだった――
――んだから、それがたった百年で塗り替えられたワケだからまぁ…理解が追い付かなくなるのも当然と言えば当然だとは思う。

 …ただ、夢獏ノ神の言う通り、四皇三柱・・・・の方がもっともっとありえない・・・・・んだけど…。

 

「…真祖さま、訓練、終わったんですか」

「うむ。終わったぞ」

「――…じゃあ、ボクはそっちに行きます」

「おやー?寝起きの神子より、よその子の心配ー?」

「…――手のかかる子の方が可愛いって言うでしょ」

 

 ニコニコと笑いながら、わかりやすく「からかってます」といった調子で疑問を投げてくる夢獏ノ神に、
思ったままを返せば、夢獏ノ神は調子を変えずに「確かにねー」と同調する。
…本当に同調しているかは正直怪しいところだけど、俺の言いたいことっていうのはわかっているんだろう――
――自分にそういう「感覚」がなくとも、ウン千年の時を共に過ごしている神子が持つ感覚だろうから。

 ほんの少し、フェガリの気持ちを理解した――けど、
だからってフェガリのフォローに回り続ける気なんてこれっぽっちもないから「じゃ」と言ってその場を後にする。
100年の眠りから目覚めたフェガリと、そのフェガリを100年の眠りに就かせた真祖さまちょうほんにんが対峙する状態――
――になっているけれど、何か起こって眠りが100年延長――なんてことはないだろう。
史上最悪の最弱状態のフェガリが、史上最高の最強状態でも敗北を記した真祖さまあいてを前に無策でかかっていくわけがない――
――…まぁ、あの二人にからかわれて思わず・・・ってことはあるだろうけど、そんなのは孫と婆の「じゃれ」だからノーカンだ。

 

「(……にしても…)」

 

 正直なところ、真祖さまがあそこに――眠りから覚めたフェガリの元へやってくるとは思っていなかった。
真祖さまが特別フェガリのことを気に入っているのは知っているし、本当のことではあるけれど――だからって、自ら寄ってくる・・・・・ヒトじゃない。
弟子たちとの修行ドンパチでバケモノの血が騒いで気が急いだ――にしても、その行動に至るだけの動機が無ければ自ら動く道理はないはず。
…いったい真祖さまを動かした・・・・動機モノとはなんなのか――…まぁ、俺程度が頭を回したところで「わかる」コトじゃないだろうけど。

 …別段、真祖さまの思惑によってフェガリがどうこうなったら――という心配はしていない。興味がないという意味で。
……それに、真祖さまは根底的には身内かぞくに甘い。
身内の中でも家族みうちとして数えられているフェガリだから――どっちが間違ったとしても「死」の結末はありえない。
…仮にフェガリが、真祖さまの逆鱗にクリティカルに触れたとしても、それは周りが何としても防ぐはず――
――…ああ見えて真祖さまも愛されキャラだからね…。

 フェガリの心配も、真祖さまの心配もしていない――なら、俺は何の心配をしているのか。
…それは今俺の眼下にあるモノの心配だ。

 真祖さまの屋敷の地下にある闘技場――冷たい石畳の上に投げ捨てられたかのように転がっているのは一人の少女。
魔法によって灯された炎によってぼんやりと認識できるその姿は――およそ死体。
たぶん20人中17人くらいは死体そう思う。…ただ、死に鈍感な現代人だったら100人中100人だろうけどね。

 

「……………大丈夫?」

「………だ、ぁ――…ぃじょぶ……じゃ、ぁ…ない、け、ど……だい、じょぶぅー……」

「……」

 

 およそ死体にしか見えない少女に声をかければ、声が返ってくる――
――本人の言う通り、大丈夫じゃない調子で。

 絶妙な塩梅で、真祖さまがコントロールしている――のか、
それとも少女自身の抵抗が首の皮一枚をつないでいるのか。
真祖さまの性格からいってたぶん後者、なんだろうけど――

 

「(…神子じゃない、…のにね)」